聞き手/酒井 耕一(日経ESG発行人)

2020年5月、長期経営ビジョン「TORAY VISION 2030」と中期経営課題「プロジェクトAP-G 2022」を策定した。「グリーンイノベーション事業」「ライフイノベーション事業」の推進で新たな価値を提供する。

――2020年5月に発表した長期経営ビジョン「TORAY VISION 2030」と中期経営課題「プロジェクトAP-G 2022」の概要を教えてください。

日覺 昭廣(にっかく・あきひろ)
東レ 代表取締役社長
1949年兵庫県生まれ。71年東京大学工学部卒業、73年東京大学大学院工学系研究科・産業機械工学修士課程修了後、東レに入社。2002年取締役、04年常務取締役、06年専務取締役、07年代表取締役副社長。10年から現職(写真:村田 和聡)

日覺 昭廣 氏(以下、敬称略) 東レは18年に「2050年に向け東レグループが目指す世界とそれに向けて取り組むべき課題」をまとめた「サステナビリティ・ビジョン」を発表しています。今回、その実現に向けて長期経営ビジョンを策定し、50年までのマイルストーンとして30年度に達成すべき財務・非財務の数値目標を掲げました。

 地球環境問題や資源・エネルギー問題の解決に貢献する「グリーンイノベーション(GR)事業」と医療の充実や健康寿命、公衆衛生の普及促進に貢献する「ライフイノベーション(LI)事業」の推進により、持続的で健全な成長の実現を目指します。また、20~22年度に実行すべき事業構造改革や財務体質強化などを中期経営課題としてまとめました。

 新型コロナ禍の中での発表でしたが、東レのあるべき姿は明確で、GR事業、LI事業を2本柱に据える方向性は何ら変わることはありません。

社会貢献の思想は創業から

――東レの場合は事業そのものがサステナビリティに直結しますね。

日覺 我々素材メーカーは新しい価値を創造する先端素材や革新的技術を様々な用途に提供することで、幅広い分野の社会課題を解決できます。例えば炭素繊維は航空機を軽量化し、燃費向上やCO2 排出量削減に貢献できます。社会の公器として事業を通じて社会貢献するという思想は創業以来、社内に浸透したものです。

 今回、長期経営ビジョンの中で、そうした創業以来の考え方を「東レ理念」として整理し体系化しました。例えば、東レは「人を基本とする経営」がベースです。人件費を固定費と考えており、買収した海外企業の社員なども安心して働けるようにしています。

■ 東レ理念
出所:東レ
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――世界でESGやSDGsへの関心が高まっていますが、長年の取り組みに後から枠組みができた感覚ですか。

日覺 創業からやってきたことに世界の流れが追いついたと感じています。ただ欧米のESGやSDGsに向けた取り組みは投資家目線のケースが多い。

 東レはアフリカで砂漠や荒廃地の緑化に取り組んできました。以前、バングラデシュで縫製工場が入った商業ビル「ラナ・プラザ」が崩落する事故がありましたが、欧米の進出企業は安全対策をせず、事故が起きると「劣悪な環境だ」として引き上げたところもある。

 我々は安全対策を講じるのはもちろん、従業員の福利厚生や教育を充実させ、今もバングラデシュでは4000人以上の従業員が働いています。昔から“三方よし”の思想が根付いている日本企業と欧米企業とはスタンスが違います。

 しかし、欧米も変わり始めています。米国の経営者団体「ビジネス・ラウンドテーブル」は株主第一主義の見直しを宣言し、英国は19年1月にコーポレートガバナンス・コードを従業員重視に改めました。一方で日本のガバナンスコードは古いまま。私は本来、企業価値の8割は社会貢献だと考えますが、今のコードは時価総額や株主価値を上げることが中心となっている。日本企業が昔から実践してきた公益資本主義に基づく日本的経営を世界に発信すべきです。