聞き手/酒井 綱一郎(日経BP社取締役副社長)
建物の調査・診断から耐震補強、環境対策まで一貫して手がけるコンステックグループ。ビジネスチャンスの拡大も目指してISOからSDGsの活用に切り換える。
――コンステックグループの中核であるコンステックは2019年に創業50周年を迎えますが、この間、何を強みにして事業を拡大してきたのでしょうか。

コンステックホールディングス
代表取締役社長
1941年大阪府生まれ。64年大阪工業大学卒業。75年コンステックに入社し、99年コンステック社長。2009年からコンステックホールディングス社長。同社グループでは主に耐震診断、耐震補強を行っており、有害物質除去など環境の分野にも力を入れる
中野 米蔵氏(以下、敬称略) 当社は1969年に創業したフネン材工業株式会社を前身とし、建築用不燃材料の製造・販売・工事施工を行っていました。その後、85年に社名をコンステックに変更し、現在ではコンクリート建築物の劣化調査・耐震診断から耐震補強、補修・改修までを手がけています。このように建物の長寿命化に関する業務を一気通貫で行えることが、グループの強みになっていると思います。
また、80年代に不燃材である石綿、いわゆるアスベストの有害性が社会問題になった際に、アスベストを扱っていたフネン材工業での知見を活かし、直ちにアスベスト除去事業を開始しました。80年代後半と2000年に入ってからの2度にわたってこの事業への需要が高まり、売上高を大きく伸ばす結果となりました。アスベスト除去という環境に関わる事業が、飛躍の起爆剤になったといえます。
――世界遺産や文化財などの歴史的建築物の調査・補修も行っています。どのようなきっかけで取り組みを始めたのでしょうか。
中野 95〜2000年までの間、文部科学省が国際協力として取り組んだイタリア文化遺産の保存修復事業に参画したことが始まりです。その時は、名古屋大学や名古屋市立大学の先生方とともに壁画などの劣化調査のお手伝いをしました。

これを機に日本の歴史的建築物の調査や補修・補強を行うようになりました。
例えば、世界文化遺産・国宝に登録された群馬県富岡市の「富岡製糸場」などもその一つです。これは煉瓦造の建築物ですが、当社が得意とする工法によって意匠を変えずに煉瓦壁の補強を行い、耐震性を向上させました。長崎市の「軍艦島」については、コンクリート構造物の劣化調査に携わっています。


いずれも大手ゼネコンが中心となっているプロジェクトですが、事業として成り立つ規模ではありません。しかし、歴史的建築物は設計基準が未整備の時代に建築されているため、耐震性が低く、劣化が進行しやすい。修復しなければ、いずれは失われてしまいます。我々がこれまで培ってきた技術を、歴史的に価値あるものを残すことに活かしたいという思いから、社会貢献の一環として取り組んでいます。