ROE向上の手を緩めるな

 エーザイの柳氏は、「比較的財務が健全な日本企業は、ガバナンス改革やROE向上の手を緩めるべきでない。長期的に見たROE向上の視点が重要だ」と助言する。

 例えば、コロナ禍での雇用維持は目下のキャッシュが流出するが、優秀な人材の維持という長期的な視点で見ると、ROEの向上につながる。エーザイでは、10年単位で見たときの平均ROEを経営指標にしており、投資家とのエンゲージメントでもこの点をアピールする。

 さらに柳氏は、ROEにも「良いROEと悪いROEがある」と言う。ROEは、負債を増やし、自社株買いによって自己資本を減らしても上昇する。一時的で過度な自社株買いに頼るのは、「悪いROE」だ。

 一方の「良いROE」は、長期視点を持ち、ESGの取り組みと対話によって向上させたROEだ。自社株買いや配当にも気配りしながら、ESGの取り組みで企業の基礎体力を強化し、それをROE向上につなげる。

 ROEとESGを対立的に捉えるのではなく、ESGによって将来のROEを向上させる。コロナショックは、ROE経営とESG経営が融合した、新たな経営の方向性を示している。

歴史の針、大きく戻す恐れ
伊藤 邦雄 氏
一橋大学CFO教育研究センター長(写真:鈴木 愛子)

 コロナショックは、日本企業のここ4〜5年のガバナンス変革の針を、逆に戻す恐れがある。

 米国の「株主主義」が行き過ぎていたのは明らかだ。自社株買いに警鐘を鳴らす識者や投資家が増えてきたのはそのためだ。業績が落ちたらすぐ雇用にメスを入れる一方で巨額の自社株買いをする「行き過ぎた資本主義」が蔓延していた。

 海外のこうした動きを、そのまま自社に当てはめようとする日本企業の反応を心配している。これは上記のような米国企業に当てはまることであって、日本企業には全く当てはまらない。「ROE偏重企業」など、日本には1%もないだろう。

 現に、日本企業がこれだけ厚い内部留保(総額約463兆円)を貯め込んでいるのは、ROEに対する意識が希薄なことを証明している。東証一部上場企業の自己資本や内部留保の厚さは、世界で図抜けている。確かに、コロナ禍によるショックを和らげるという点では、自己資本や内部留保の厚さは一定の役割を果たす。とはいえ、今回のコロナショックで内部留保をさらに積み増すことになれば、日本企業は世界から置いていかれてしまう。

 日本は、「二項対立」「二者択一」で議論を進めがちだ。「ROE対ESG」などという対立図式を考えているようでは、一流の企業とはいえない。だからこそ、私はそれらを統合した「ROESG」という新たな企業評価指標を提唱している。

 今後、ROEを軽視する企業は、投資家から“洗礼”を受けることになるだろう。賢明な投資家は、「コロナ後」の企業や経営者の動きを見つめている。収益性やROEと距離を置く企業と、収益性やROEに継続的に目配りしながらESGに真剣に向き合っていける企業を、鋭く見分けようとしている。

 日本企業のガバナンス改革の意識が低下し、かつての日本企業に戻ってしまうとしたら、日本の企業価値は下落の一途をたどるだろう。(談)