馬場 未希

日本企業が関わる貨物船が座礁し、豊かな生態系を擁する海に重油が流出した。賠償金は自然修復コストを十分賄えるか。企業の対処に注目が集まる。

 インド洋の島国モーリシャス沖で現地時間2020年7月25日、日本企業の貨物船が座礁した。燃料の重油など約4000tを積んだ船体に亀裂が入り、8月6日、約1000tの重油が海に流出した。

モーリシャス沖で座礁した貨物船から重油が流出した(写真は2020年8月9日)
(写真:THE FRENCH DEFENSE MINISTRY/AP/アフロ)
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 7日に商船三井が発表した。商船三井は、長鋪汽船(岡山県笠岡市)が所有し乗組員を乗船させたこの船に対し、荷物や行先を指定していた。

 船体に残る油は13日までに回収された。日本政府が派遣した国際緊急援助隊・専門家チームは、国際協力機構(JICA)による会見にモーリシャスからリモート参加し、18日までに海上を浮遊する油もほぼ回収し終えたと明かした。

 しかし、この船が座礁したのはラムサール条約で国際保護湿地に指定されるポワントデスニーと呼ぶ海域だった。同条約は、水鳥の生息地として重要な湿地を守るものだ。海の浅瀬には世界でも希少な、豊富な種類のサンゴ礁が広がる。海の沿岸には、マングローブ林が広がっている。

 援助隊は会見で「詳細な観測と影響評価をすることでこれから取るべき措置が分かる」と話した。だが、事故により海洋や沿岸の生態系にある程度の影響が及ぶ恐れもある。

希少な生態系、修復は数十年か

 援助隊は20年8月25日にも、マングローブやサンゴの状況を会見で説明した。

 マングローブは、海岸沿いなどに植物が群生してできた、熱帯地域に特徴的な林のことだ。7カ所の林を調査した援助隊員によれば、複雑に絡み合う根に、漂着した油が黒くこびり付いていた。付着がひどい林では、油から溶け出した成分で植物が枯死する可能性もあるという。

 機械や薬剤を使った油の除去は林の植物を傷める恐れがある。援助隊は「(植物への負荷の低い)吸着剤を使って手作業で油除去を進めることになりそうだ」と話す。

 一方、シュノーケル調査した海中の12カ所で、座礁した船の底の下敷きになったり、オイルフェンスのロープに挟まれたりしたサンゴが認められた。これらは死亡の可能性が高い一方、その他の地点では「明らかに油流出が原因で死亡したサンゴは認められなかった」(援助隊)という。

マングローブに付いた漂着油を調査している日本の国際緊急援助隊・専門家チーム(2020年8月22日)
(写真:国際協力機構)
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一部死んでいるテーブルサンゴが確認されたが重油によるものかは確認調査が要る(2020年8月21日)
(写真:国際協力機構)
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 「モーリシャスの海は、希少かつ豊かなサンゴの種を擁するかけがえのない海と、世界の研究者の間で評価されてきた」と、生物多様性保全学を専門とする琉球大学の久保田康裕教授は話す。ここでは世界で把握された約800種のイシサンゴのうち349種が確認されている。サンゴの種が豊富なほど、そこをすみかにする魚の種類も豊かになる。油被害を免れたなら、不幸中の幸いと言える。

 湿地やマングローブ、サンゴといった生物は、観光資源となるなどモーリシャスに高い価値の生態系サービスを提供している。加えてサンゴは魚のすみかとなるため、沿岸漁業の成立に欠かせない役割を果たす。

 1986年に沿岸の製油所から8000tの油が流出したパナマでは、サンゴの数や成長が、他の海域と比べて数年にわたって激減したとの調査結果がある。また、油汚染の影響を受けたマングローブは、回復に30年ほどかかるという研究成果が多数ある。久保田教授は、「当面の定期的な影響評価と、必要に応じて生態系の修復・回復の技術や取り組みを投入する必要がある」と指摘する。

 今後も油の回収や海岸の清掃、生態系への影響抑制といった措置が取られる。この費用を負担するモーリシャス政府は、船主の長鋪汽船と保険組合を相手取り損害賠償を求める方針だ。同島の国内総生産(GDP)で3割超を占める観光業や漁業の関係者が、賠償請求する可能性もある。