転職した社員が、元の会社の部下や同僚を引き抜くというのは昔からよくある話だ。セクションまるごと別の会社に異動してしまったというようなことすらある。今回は、このようなケースのコンプライアンス問題を考える。
(写真:123RF)
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 他社に転職した元社員から部下や同僚を引き抜かれるような事態が起こると、大きなダメージを受けるから、どうにか防ごうとする。そのときの一つの手段が法的対応である。元の会社の社員の引き抜きは、コンプライアンス上の問題になり得るのだろうか。以下は、中堅の同期社員2人の会話である。

佐藤 競合にヘッドハントされた鈴木本部長。といっても、今となっては元本部長だけど、向こうの会社ではいきなり常務になったらしいよ。

田中 まあ、それだけの実績も能力もある人だからね。うちでも本来ならとっくに役員になっているはずなのに、なんというか、相変わらずの年功序列で……。

佐藤 というか、鈴木さんみたいなやり手が役員になったら、困る人が上にも下にもたくさんいるということなんでしょうね。

田中 特に上の人ね。

佐藤 で、実はこの件に関して今、うちの会社では大問題が起こっているらしいのですよ。

田中 それは何ですか?

佐藤 鈴木(元)本部長の腹心の田村(元)部長も、当たり前のように鈴木さんにくっついて競合に転職し、さらには田村(元)部長の忠実な部下の木村(元)課長も追随したのです。鈴木さんがいなくなったら、あの人たちの将来もないから、仕方ないことではありますけどね。

田中 おお……マジですか。

佐藤 で、そこまでは予測の範囲内といえなくもないのですが、問題は田村(元)部長と木村(元)課長が、うちの社員に次々と引き抜きの声をかけているらしいんです。

田中 ホント? それは困った。でも、待てよ。うちよりも競合さんの方が給料も高そうだし、社風も自由そうだ……。それいいんじゃない。あら、でも私のところには連絡が来てないですよ。鈴木(元)本部長とか、田村(元)部長ともっと仲良くしておけばよかった(笑)。

佐藤 まことしやかに流れている噂では、引き抜きの連絡があったのは、高橋課長や渡辺課長、山本課長などだという。どうも、先方は優秀な人から順番に声掛けしているらしい。

田中 え? で、佐藤さんは?

佐藤 まだ来てません(泣)。

田中 あー。

佐藤 まあ、それはそれとして。話としては、向こうに行けば給料も上がるし、我々のための空きポストもたくさんあって、鈴木常務のリーダーシップの下で今と同じような仕事ができるらしい。

田中 それはすごく魅力的じゃないですか。

佐藤 さらに衝撃的なことがもう一つある。田村(元)部長が言うには、うちの会社が5年ほど前に巨額の投資をした外国のA社の状況がかなりやばいらしく、近い将来、巨額の特別損失を計上するだろうというんだ。そして下手したら債務超過になるという。それが本当なら、うちの株価は劇的に下がる。下手したら上場廃止。

田中 な、な、なんと、それは困る。社員持ち株会でうちの会社の株をコツコツと買ってきたので、それなりの持ち株数を持っているのだよ。で、それほんとの話?

佐藤 わからない。でも、海外の投資先の話は最近さっぱり聞かなくなったよね。昔はあんなに話題になっていたのにね。

田中 たしかに……。ということは、うちの会社はかなりヤバくて株価は下がる。で、競合に行けば、今と同じような仕事ができて給料も上がる。

佐藤 ということになりますね。

田中 ……とはいっても何か、うさんくさい感じはしますよね。そもそも、引き抜きとかしてもいいんでしたっけ。就業規則とかに何か決まりはあったよね。

佐藤 競業避止義務だよね。あれ、退職者にも適用されるのかな?

田中 それに転職した私たちにまで問題は降りかかってこないとは思うけども、もし田村さんらの勧誘活動がコンプライアンス問題として引っかかったら、親分たちの社内での立場が弱くなって、転職後につらい思いをしかねません。

佐藤 そうねえ。でも、まだ我々には声もかかってないけど(笑)。

田中 ああ、そうでした(笑)。