本ケースにおけるコンプライアンス上の問題とは?

 問題を発見したとき、どのような行動をとればよいだろうか。教科書的には、できるだけ早く上司や関係する部署にその情報を伝える、ということになる。しかしながら、それはなかなか実践されない。マイナス情報を伝えた人が損をする構造があるからだ。とくに上記のように疑心暗鬼が渦巻く組織では、コンプライアンス問題が発見されても、その情報は上層部には伝わらず、結果的に隠蔽されてしまうのである。

 本件において、実際に入札談合をしていた場合のコンプライアンス問題は、以下のようになる。

入札談合は,「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」が禁止するカルテルの典型事例であり,最も悪質な独占禁止法違反行為の一つです。また、入札談合は,入札参加者間の公正かつ自由な競争を通じて受注者や受注価格を決定しようとする入札システムを否定するものであり、特に発注者が国や地方公共団体の場合には、予算の適正な執行を阻害し,納税者である国民の利益を損ねる行為ともなります。
(公正取引委員会事務総局 資料より)

 さらに課徴金が課されることになる。

課徴金とは、カルテル・入札談合等の違反行為防止という行政目的を達成するため、行政庁が違反事業者等に対して課す金銭的不利益のことをいいます。
(公正取引委員会ホームページより)

 課徴金も年々高額化している。2019年には価格カルテルを結んだ8社に約400億円の課徴金納付命令が下された。

名著『恐れのない組織』の著者が提言

 本ケースは、違法行為と思われる事案を上司や通報窓口に伝えると、伝えた本人が危険な目に合う可能性について扱っている。正しい行為をした本人が被害を受けるかもしれない、すなわち心理的安全性がない組織では、問題行為が横行しやすい。

 心理的安全性について書かれた米ハーバード大学のエイミー・C・エドモンドソン教授による名著『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』では、心理的安全性の低い職場によくあるルールとして以下のようなものを挙げている。

  • 上司が手を貸した可能性のある仕事を批判してはいけない
  • 確実なデータがないなら、何も言ってはいけない
  • 上司の上司がいる場で意見を言ってはいけない。ほかの社員がいる所で仕事についてネガティブなことを言ってはいけない
  • 上司の面目をつぶさないためだ。率直に意見を述べることはキャリアに影響する

 そして、心理的安全性の低さがコンプライアンス問題を起こした例としてノキア、ウェルズ・ファーゴ、ニューヨーク連銀などたくさんの例を挙げている。なかでももっとも印象的なものがフォルクスワーゲンのディーゼルエンジンの排ガス規制違反(2015年)である。

 当時のフォルクスワーゲンのCEO(最高経営責任者)[注]の仕事の与え方は、とてつもなく高い目標を掲げて、部下を不安と脅しによって追い込み、何がなんでも達成させる。達成できないとクビになるかもしれないという恐怖による支配であった。

 その結果が、排ガス基準を満たしているかのごとく偽装するソフトウエアの装填(そうてん)であり、米国の消費者をだまして排ガス規制を満たさない1100万台ものディーゼル車を販売することになった(そして、事件が発覚し、時価総額の3分の1を失った)。克服できそうにない技術的障害と異常に高い目標、そしてクビの恐怖の板挟みになり、ノーと言えなかった技術者と規制対応担当者が選んだのは違法行為であった。このような状況に社員を追い込んではならない。

[注]CEOのマルティン・ヴィルターコルン氏は、悪役のキャスティングに格好の人物だ。横柄で、細部へのこだわりが尋常でなく、完璧主義のやかまし屋として有名だったのだ。フォルクスワーゲンのあるエグゼクティブは、記者にこう言った。「いつも距離と不安と遠慮があった。…彼が来るか、こっちが会いに行く必要のあるときには、鼓動が速くなったものだ。よくない報告をしようものなら、大声で罵倒され、不快で屈辱的な思いを味わうことになった」