(写真:123RF)

 組織における善悪の基準は、時代や価値観に影響を受けて変化し、リーダーにとって頭の痛い問題となっている。私はコンプライアンスのコンサルタントとして、これまでそうした例を数多く見てきた。さらに近年は、技術の進化がこれまで不可能だったことを可能にするようになったがゆえに、その倫理的な正しさを改めて判断することが問われている。

 上記を前提に、これから「人と組織×コンプライアンス」に関わるテーマについて語っていきたい。第1回のケースは、少し未来(2030年)の企業を想定し、技術をめぐる個人情報の問題を取り上げる。

 2030年、ある先進的な企業の人事部での会話である。

 「最終的に、O2はこのポストの最適任者は誰だと言ってるの?」

 O2とは、Organization Optimizer (組織最適化ツール) のことである。以前は、タレントマネジメントシステムと言う名称が一般的だったが、現在はまったく別の物に進化している。賢い人工知能(AI)が組み入れられているだけでなく、保有している組織と個人の情報の質と量が格段に上がり、そのマッチングの精度たるや、すさまじいものになっている。なんだかんだ言っても、結局O2が推薦する通りになんでも決めることになるので、「あれはO2ではなく、B2(ビッグブラザー)だね」などと言う人も少なくない。

 「最終候補者は5人くらいいるんだね」

 「どんな結果になったか見てみましょうか」

 「Aさんは、会話における発話内容の分析において、他者の意思を既存の自分の思考に組み入れて変更することが1割以下しかなく、社会一般の常識や慣習に固執する傾向がある。すなわち発達段階は3であり、この業務への適性は低い、という判断が出てますね。確かにこの業務は多くの人と協働して革新していく仕事ですから、O2の判断は適切でしょう」

 O2は、全社員のメールのやり取り、ウェブ会議における発言などを、すべてを把握、認識しており、その結果から、当人の社会的な人格の発達レベルを把握することができる。過去はあまり重要視されていなかったこの尺度だが、ウェブ会議などで発話がすべて記録されるようになったこと、および構文の解析能力が飛躍的な高まったことにより、精度が高まり実用に耐えるようになった。特にこの成人の発達段階という尺度は他人を受け入れる姿勢を定量的に表すものとして、ハラスメント対策の観点などから着目され、2020年以降一気に重要視されるようになった。

 「Bさんは、現在、仕事に対するモチベーションが相当下がっていることが想定され、挑戦的な今回の仕事に投入するパワーとエネルギーがないだろうというのが、O2の判断だ。なるほど、ウェブ会議での表情分析の結果を見ると、『心ここにあらず』という状況が続いていて、仕事に対するモチベーションの低下は相当大きいものがありそうですね」

 「むしろ退職してしまわないか心配です。心理カウンセラーを付けたほうがよいかもしれませんね」

 ウェブ会議上での表情は、O2によって分析され、社員の精神状況はほぼ捕捉されている。ジョージ・オーウェルの小説『1984年』では、コンピューターが支配する近未来の世界ではその場にふさわしくない表情を浮かべることを「表情罪」という犯罪とする、というくだりがある。表情読み取り能力を持つO2が、別名でB2、ビッグブラザーと呼ばれているのは、この能力にも由来する。