法務部やコンプライアンス推進室が問題行為を洗い出し、ハンドブックを作って研修を重ねる――。こうしたコンプライアンス正常化の努力を無にしてしまうのが「役員人事」。不正取引の噂があるなど“グレー”な人物を役員に抜てきするのは、「コンプライアンスなんて形だけ」というメッセージに等しい。

(写真:123RF)

 言うまでもないが、社員の最大の関心事は “人事” である。なかでも役員人事は会社が必要とする人物像を示すメッセージの表明であり、その影響力は他のどんな施策よりも強いものである。

 以下は、執行役員を選任するための、上級の経営幹部(取締役や常務以上の執行役員)が集まった会議での討議内容である。

 「鈴木さんは満場一致で執行役員に選任されることが決まりました。では、次に佐藤さんの審議に移りましょう」
 「佐藤さんは、業績的には文句の付け様がありません。営業部長として、それまで停滞気味だった売上高を3年連続10%増しで達成しています」

 

 「業績は良いけれど、佐藤さんにはいろいろな噂がつきまとっていますよね」
 「それはどういうことですか?」
 「お客様を籠絡するための過剰な接待とか、業者に高めの値段で発注して、その見返りに業者にお客様の接待費用を払わせているとか…。ついでに自分の懐にも相当の額をキックバックさせているとか」

 

 「それは聞き捨てならないですね。何か証拠でもあるのですか。または過去に何か懲戒処分を受けたといった記録でもあるのでしょうか」
 「うーん。実は怪文書の類は過去に何度も出回ったので軽く調査をしたことがある。状況的にはかなり濃いグレーなのだが、肝心の証拠が出てこないので、懲戒処分に至ったことはないんだ」
 「では、問題ないのではないですか?当社は実績主義を標榜していますし、ここで佐藤さんを昇格させないと、『実績主義なんて嘘』と社員に思われてしまいます。鈴木さんと比較しても佐藤さんのほうが実態はともかく外から見える実績はかなり上ですし。鈴木さんがなまじ高学歴なので、鈴木さんだけを昇格させると『結局うちは学歴主義』という間違ったメッセージを社員に送ってしまうことになるかもしれません」

 

 「とはいえ、佐藤さんがかなり危ない人であることはみんな知っているはずだ。佐藤さんがまだ課長の頃だからだいぶ昔の話だが、30種類くらいの名字のハンコを持っていたのを見たことがある。期末に売り上げがノルマに達してないと、翌期に受注する予定のお客様の申込書を自分たちで勝手に偽造してハンコを押し、目標達成したとして報奨金をもらっていたのだ。翌期になったらいったんキャンセルして、再度受注計上し直していたたらしいけど。まあ、会社の経営管理の脆弱性をついた報奨金ドロボウだよな」
 「それは聞いたことあります。有名な話ですよね」

 「佐藤さんを執行役員にすると、『コンプライアンスをしっかりと守っていこう』というわが社の方針の本気度も疑われませんか?」
 「最近、いろいろなハラスメント問題が起こって社内も動揺している状況だし」
 「今回は見送りますか」

 

 「ちょっと待ってください。それはおかしいでしょう。1年後になったからといって何か変わりますか。それに、いま役員にしないと佐藤さん辞めちゃうかもしれませんよ。競合会社から声もかかっているでしょうし」
 「確かに。いろいろ問題があるとはいえ、あれだけのやり手はそうはいないよな。うちの大黒柱の一人であることは間違いない」
 「再度、身辺調査をして問題なければ選任したらどうだろう?」
 「何をおっしゃいます。もう12月も半ばですよ。4月人事の発表は2月初めですから、そんなことをやっている余裕はありません」

 

 「うーーーーーん」

 「困ったな。会長と社長に判断を仰ぐほかないか」