堅実で保守的に見えるのに、実はミーハーな人事。欧米の潮流に乗って「流行りもの」に飛び付く歴史を繰り返してきた。人事の歴史を振り返ってその背景を探る。ターニングポイントは「公民権運動」にあった。

(写真:123RF)

 昨年10月に始めたこの連載もいよいよ最終回となりました。「偏見で語る『人事の嗜(たしな)み』」を読者の皆さんにお送りして締めたいと思います。

 「人事たるもの、企業内の事象を隅々まで知り、それを他人に明瞭に言い聞かせることができなければ失格だ」。これは人事院から旧富士製鉄人事を経て明治大学学長に就任された山田雄一先生(故人)がおっしゃった言葉です。

 全くその通りです。昨今の人事スタッフは労務や勤労といった部署を経験しない人(しても短い人)が少なくありません。だから、営業・製造など会社のメイン部署で、どのようなことが起きているか知らない人が多いと感じています。

 「経理やエンジニアには、その仕事に就くために必要な知識があるが、人事にはそれが少ない。明日から人事をやってくれ、と言われてその通りなる人もいる」。こちらはコンピテンシー騒動で名裁きを見せた太田隆次氏(コンサルタント)の名言。人事スタッフはその「知識不要」という引け目から、必要もない勉強をし、ヨコ文字や専門論文などに精通している人を多々見かけます。これこそ、大きな間違いでしょう。

 やはり、会社、なかんずく現場をよく知らないと、知識は単なる空論にしかなりません。

 私が流行(はや)りものを追う人事スタッフを毛嫌いする理由はこのあたりにあるのです。あなたは、自社について、社内外の人が納得するような、職務内容や社内の動きについてのリアルな説明ができますか?

かつてアメリカの人事は「給与計算屋」でしかなかった

 欧米でも同じようなことが起きています。ATD (Association for Talentand Development、全米人材開発機構、旧ASTD)とかでSHRM(Strategic Human Resource Management、戦略的人材管理)などの高邁(こうまい)な理論ばかりを語るような一陣がいます。

 私はそういう人たちももちろん大嫌いです。どうしてそんな人たちが生まれたか。その理由を知るために、人事の歴史を少し話すことにいたしましょう。

 よく、「欧米企業は人事部の力が弱い。日本企業とはまるで異なる」という話が世間では語られますね。そして、それを礼賛するように、「現場重視であり、現場に裁量権を大幅に委譲しているからだ」などと、これまた訳知りに適当なことを語る有識者もまま目にします。

 でもその理由は、本連載の序盤を読むだけで理解できるでしょう。

 現場重視などとは全く関係なく、欧米はポスト型雇用であり、企業側に労働者を勝手に配転する権利がない、つまり人事権が極めて弱いことが、人事部の存在価値が低い理由なのです。

 勝手に配置はできないし、組織設計は末端に至るまで、合理的に経営が決める。一方で、現場の仕事に関しては、とりわけ1960年代までのアメリカは、強固な組合の管理下にありました。もう全く、人事など立ち入る隙はなかったのですね。

 そのころまで、人事がやることは、給与の計算、支払い、保険料の計算や徴収などといった、事務作業中心の完全な裏方だったのです。当然、エリート層はこの仕事をやりません。そこで、この仕事には、アイルランド人が携わることになりました。

 もともと、アメリカでは「本物の白人」としてエリート層に入れるのは、WASP(ワスプ)と呼ばれる人たちでした。これは、ホワイト・アングロサクソン・プロテスタントの略称です。

 ところが、こうしたくくりの人たちが少数派になると、解釈を拡大することで「本物の白人」の範囲を広げてきたのです。まずはプロテスタントのゲルマン人(ドイツ系)、続いて英国のお隣であるアイリッシュ(アイルランド系)、そしてユダヤ人。ユダヤ人の場合は、第二次世界大戦直前まであからさまな差別を受けていたと聞きます。

 こうしたなかで、ワスプがやらない非エリート職務として、給与計算などの人事事務はアイルランド人が引き受けた。そのため、人事のことを「アイリッシュ・コネクション」などと呼んでいました。同様に、経理財務については「ユダヤ・コネクション」などとも呼ばれています。要するに、人勘定、金勘定は雑務で、非エリート層の仕事だったのですね。

 このように人事が格下と見られていた時代には、この部署はPersonnelと呼ばれていました。それが、Human Resourceとなり、昨今は略称のHRで通用するようになりました。

 この間、人事部の格上げのために練られたのが、SHRM(Strategic Human Resource Management=戦略的人材管理)なのです。

 全社的には人事権など発揮できないけれど、経営層が大切にする一部エリートに関しては、経営と人事でしっかりハンドリングしていこう。そのことにより、経営と人事は直結し、かつての「給与計算屋」から脱してレゾンデートルを確立できる!と。

 すなわち、人事にもかかわらず、「会社の中の一部(エリート)しか見ない」ことを標榜するその姿勢に、どうしても私は納得がいきませんでした。