「脱・日本型」を目指して、ジョブ型などの導入に挑戦するも中途半端な「モノマネ」に終わってしまう日本の人事制度。今週から欧米企業の人事制度に精通した識者との鼎談(ていだん)で問題の本質と処方箋を考える。初回は「ジョブ・ディスクリプション神話」の真実の姿を探る(構成=小林暢子、写真=稲垣純也)。

海老原:「人事の組み立て」番外編第2弾は、欧米の人事制度に詳しいお二人を招いて、日本がマネしようとしているジョブ型などの現況をお聞きします。日系と外資系企業の人事責任者を歴任した日本人材マネジメント協会会長の中島豊さんと、僕のリクルートの後輩で現在は人事・採用コンサルティング会社を起業し、内外の人事制度に詳しいノイエ・ジール代表取締役社長の中野宗彦さんです。

 僕の元上司であるリクルートワークス研究所特任研究員の豊田義博さんが「換骨奪胎は日本のお家芸だけど、今回のジョブ型騒動は特にひどい」と言っています。こんなもんジョブ型じゃないし、欧米とも関係ないんじゃないか、と。僕もそう思っています。

 これはある人材系研究所が発表したジョブ型についての解説です。

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 これが一般的に言われている話なのですが、「JDが固まったら、それ以外の仕事をどうするの」「JDに書かなかった仕事が生まれたらどうするの」という話ですぐにどん詰まってしまうのです。

 でもそんなの全然実態に即していない。これは欧米企業のJDの例ですが「リクルートの手伝い、関連する事務、他の仕事を任された場合は行う」「毎日起こりうる現場での問題を解決する」なんてこれでいいんでしょうか。日本人が考えてるJDとは全然違いますよね。書いている、書いていないで裁判になるんじゃないですか。

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「上長との相談で決める」は万国共通

中島:書いている、書いてないのところで揉めたという話はあまり聞いたことないですね。職務記述書は契約書ではないですし。職務記述書に記載されたジョブというのはあくまで、例示くらいに考えたほうがいいかもしれません。職務記述書の「やるべき仕事」と書かれているところは、おそらく「Job Purpose」のことだと思いますが、この目的に沿っている限り、柔軟な運用ができます。また、JDにも大抵の場合“Other projects requested by the supervisors(上長との相談により決める)”といった一文を入れます。

 ただし、柔軟にと言っても、英米の場合は“Employment at Will(雇用主と被雇用者の希望が一致した時に雇用関係が発生し、互いに必要としている間だけ雇用関係が維持される)”という原則がありますから、上司からの正当な命令を拒否すると解雇リスクが発生します。一方で上司が、部下が納得できないような業務指示をすれば、退職リスクも高まる。さらに書いてない仕事を命じる背景に差別的な意図があったりすると当然揉めます。

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中島豊(なかしま ゆたか)氏 特定非営利活動法人日本人材マネジメント協会会長 1984年富士通入社、1994年からリーバイ・ストラウスジャパン、日本ゼネラルモーターズ、日興シティグループ証券などで人事を担当。2011年ジブラルタ生命保険執行役員、2019年より日本板硝子執行役グループファンクション部門人事部統括部長

海老原:日本人は「職務をかっちり決めてないから問題だ。かっちり決めてそれしかやらずに帰るから欧米では早く帰れる」という話になりがちです。特に教育学、社会学の人はそういうふうにすぐ言うんですよ。

中島:JDの書き方って、日本以外の会社では人事に配属されたら必ず身に付けるんです。まず大きなパーパス(目的)があってそれに従ってレスポンシビリティ(責任)があり、その下にディスクリプション(記述)があるんです。この書き方が時代によって変化していて、おそらく1960~70年代はすごく細かく書いていた。そのうえで「それはJDに書いてあるか否か」でガタガタしてた時期は確かにあったと思います。

 僕も米ゼネラル・モーターズ(GM)で働いていた時期にアメリカ人の上司から「以前はこうだった」と言われた記憶がありますが、ただ僕がGMで働いていた90年代にはもう細かく書かなくなっていました。「できるだけベイグ(曖昧)に書け」と言われた。ベイグに書いて仕事の境目をちょっと動かすことで、フレキシビリティを担保するんですね。

海老原:新しい仕事は随時発生しますからね。今もコロナ対応で仕事が大きく変わっています。予想してJDに落とし込むのは無理ですよね。

中島:無理ですね。