目標管理はJDと別に動く

中島:あと忘れがちなのは、JDだけではなく、目標管理があってアニュアルゴールが設定されているということです。意外と皆さん見落としています。JDで議論するんだけど、それとは別に「今年はこれやりますよ」というオブジェクティブズ(目標)を必ず立てます。オブジェクティブズのなかにはJDには書いていないことも具体的に盛り込まれるのです。

 全く違っているわけではありません。人事のJDがあるのに、経理の仕事するわけじゃないんですから。とはいえJDで評価するんじゃなくてオブジェクティブズで評価するわけだから、そこに何を書いて何を握るかが一番重要なわけです。

海老原:そう考えると日本と変わらないじゃないですか。日本でも半期ごとに目標をしっかり決めますよね。特に営業なんてものすごく分かりやすい。いくら売れるか売れないか。クレームが減るか減らないか。こういう話で全部決まってるじゃないですか。日本はJDなんて書かないですがですが、先ほどのお話のように欧米もそれは曖昧で目標管理が主だとするなら、大差ないのでは。

中島:少なくとも仕事をしていてその辺の違いを意識することはあまりないですね。

 そもそも職能資格か職務制かは1枚のコインの表と裏なんです。職能資格を考えたのは楠田丘さんですが、もともと職能定義は職務分析から作っていらっしゃる。職務を定義するのと、その職務を遂行するのに必要な能力を定義するのは表裏であると。だから運用は基本的にはそんな変わらないんじゃないでしょうか。

海老原:僕が思うには、そこにレスポンシビリティとアビリティ(能力)をくっつけるという形になったのではないでしょうか。

 米国のJDもブルーカラーから始まって、1970年代は鉄板工の仕事をタスクベースで定義していたわけですが、もうそれはなくなっている。楠田さんが考えたものと、今の米国の管理体制はあまり変わらなくなったのでは。

同じジョブでも経験によってグレードは変わる

中島:米国だけでなく、世界中で今や職務と能力がごっちゃになっていると思います。最近海外企業の人事担当者から聞いた話ですが、「社員が辞めてポストが空いたので内部で異動させたが、前の人よりもジョブグレードを下げた」というんです。「何で下げるんだ」と尋ねたら「彼はまだ経験がなくて能力がないから1グレード下げる」と言うんですよ。「ちょっと待って。同じジョブなのになんで下げるんだ」と聞くと困った顔になって。

海老原:ポストにグレードが付いているんじゃなくて、人見合いでグレードを下げていると?

中島:本来、おかしな考え方ですが、結構そういう考え方をするところはあります。今の話は運用でやっていることですが、GMでは制度がありました。GMのプロモーションには2種類あって、1つは「ボナファイド(ラテン語で「真実の」という意味)」、もう1つは「プロフィシェンシー(実際に使いこなす能力)」です。ボナファイドプロモ―ションというのは仕事が明らかに変わって、仕事のボックスがAからBに変わるというもの。プロフィシェンシーは同じボックスの中で熟練していくと上がるんです。

海老原:プロフィシェンシーは職能等級じゃないですか。

中島:そう。ただそれがずっと続くわけではなく、せいぜい3~4段階しかなくて、頭打ちになる。そうするとボナファイドで次に上がらないと給与水準は変わらないということになるわけです。

海老原:主任ぐらいまではプロフィシェンシーで3ランクぐらい上がるってことですね。ここで聞きたいのは、欧米ではヘッドカウントというものがあるじゃないですか。「この等級のヘッドカウントは何人」と決まってるから満杯になるとそれ以上上がらないのでしょうか。それとも職能等級みたいに何人でも上げちゃうことはあるのですか。

中島:それはないですね。そこは意識して作らないとだめ。「上に今3人いるんだけど、もう1人増やします」というのをちゃんとビジネスケースを作って説明する。ただそういう措置をむやみにやっていくと、「それはおかしいだろう」と言われてしまいます。