雇用ジャーナリスト海老原嗣生氏と欧米の人事制度に詳しい識者との鼎談第3回。日本企業の人事制度が抱える問題を解決すべく、欧米の制度を取り入れ、目新しい理論の勉強に余念がない人事部門。だが現場の状況が分からないまま、新たな制度を作っても現場のやる気喪失につながりかねない(構成=小林暢子、写真=稲垣純也)。

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海老原嗣生氏(以下、海老原):ちょっと古いのですが、私の雑誌で2011年に特集記事を組んだ時、「人事『新』制度の5年残存率は43%」という調査結果を出しました。「新しいナントカ制度を作りました」といっても、5年後には43%しか残ってない。特に好況期には制度を奮発して不況になるとすぐ廃止するんですね。今でもしょっちゅう新しい制度を発表している会社がありますが。

人事「新」制度の設計年度別残存確認率 出所:HR MICS
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人事「新」制度の設計年度別残存確認率 出所:HR MICS
制度種別で見た「新」制度の5年残存率 出所:HR MICS
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制度種別で見た「新」制度の5年残存率 出所:HR MICS

中島豊氏(以下、中島):人事制度は, いわば社員との「お約束」なので、普通に考えれば一般約束したものをそう簡単に撤回できないはずです。朝令暮改もいいところですが、最近のベンチャー企業では、朝令暮改が美徳とされる会社も多いですね。

海老原:早い決断が尊重される。

中島:朝令暮改どころか朝令朝改のところもありますね。でも契約意識の強い欧米系企業だと、コロコロ変えると訴訟問題になりかねません。

「うちはやらないの」、トップの思い付きで新制度導入

中野宗彦氏(以下、中野):様々な企業の事例を見ると、人事ももちろん従業員のエンゲージメント向上のためにいろんな制度改革を行いたいのですが、突然その会社の経営者が思い付きで言ってくることを人事が忖度(そんたく)して対応するというケースも多いと感じます。大手企業は大手同士の、中小企業が中小企業同士の経営者の集まりでいい加減なこと聞いてきて「うちはやらないの」「はい、やります」みたいに進んでいくという事例を多々見てきました。

中野 宗彦(なかの もとひこ)氏 ノイエ・ジール代表取締役社長 リクルートで総合企画部マネジャー、神戸支社長を歴任し、大手から中堅、ベンチャーまで日系・外資系企業を幅広く担当。その後、リクルートエグゼクティブエージェントで経営層のエグゼクティブサーチを経て、日系上場メーカーの人事制度企画に従事。現在は人事制度・採用コンサルティング会社を起業(現職)
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中野 宗彦(なかの もとひこ)氏 ノイエ・ジール代表取締役社長 リクルートで総合企画部マネジャー、神戸支社長を歴任し、大手から中堅、ベンチャーまで日系・外資系企業を幅広く担当。その後、リクルートエグゼクティブエージェントで経営層のエグゼクティブサーチを経て、日系上場メーカーの人事制度企画に従事。現在は人事制度・採用コンサルティング会社を起業(現職)

海老原:さらに言うと、人事は、社長が言い出しそうな話を先に聞いてきて準備しておき、社長が「やりたい」って言ったとき「もうできてますよ」と言えるのが良い、というご機嫌伺い的存在に堕している。

中野:社長だけとは限らなくて、いろんな人たちが言ってくるのが悩ましいです。様々な役員や社外取締役、株主などが……。

海老原:流行の制度を「ちゃんと」やっていることを数字で示そうとしますね。女性管理職比率を上げようとして一般職の女性をどんどん管理職にしたり、男性社員の育休取得率を上げるために「1日でいいから育休を取りなさい」と奨励したり。銀行なんか特にひどいんだけど。米国でもこういうことはあるんですか。

中島:そういう数字を何に使うのかという話ですよね。「それ意味あるの」と聞いてくる人が絶対いて、「意味ないならやめよう」という話になる。

海老原:素晴らしい。ここは日本の良くないところですね。

中野:政府が言い出して、経済界が言い出して、大手企業がやると言って、どっかがやるから、うちもやるとなって、大手がやるなら中小もやると。おそらく政府もその構造を分かっていて、折を見て、様々なことを言ってくる。大局的には合っていることも多いでしょうが、「皆がやるからやる」というのと、経営者や人事が従業員のことを考えて主体的に行うのは、同じやるにしても、中身の濃さや実行力は自ずと違ってくるでしょう。

海老原:くだらないと思っていても、ノーと言えない。戦争で負けたのと同じことになるじゃないですか。

中島:難しいです。日本に本社のあるグローバル企業が、周囲が日本的な感覚でやっていることを、何気なしの同調意識で「うちもやろうか」というと、海外側から猛反発食らうこともありますね。

中野:日系企業でも海外展開をしていると、例えば女性管理職比率を出そうとしても、海外では性別をデータベースに入れて管理していないから調べられず、現地の社員から「知る必要があるのか」と言われてしまう。それくらい日本と世界では、ダイバーシティの常識と感覚が異なるというか。

中島:日本の企業のやり方が海外から認められないのは口惜しい気持ちもあるけど、やっぱり日本のやり方はちょっと変。例えば、昨今のホワイト企業としてのブランドイメージが上げるために「健康経営を推進、健康診断の受診率100%」って声高に言っていますよね。でも海外では健康診断は個人の責任なので、会社は受診を強制するわけにはいかない。だから我々のようなグローバル企業は、ホワイト企業になろうとすると大変なわけです。ちょっというだけでも「強制」になっちゃう。そこら辺の感覚が違います。

海老原:そう考えると、日本の上司って楽していますよね。変な制度でも言うことを聞かせられるんですから。

中島:評価制度も同じですよ。評価分布をきめて、機械的に割り振って、悪い評価を付けた社員には「悪いな、でもシステムでこうなっているので」と言い訳するわけですね。

海老原:それで納得しちゃうのは日本人があまりにもダメなんじゃないでしょうか。

中島:納得してないけど、諦めるんです。

海老原:以前欧州企業の査定について調べたとき、労働組合がすごく頑張っていることに驚きました。従業員代表や労組の人が、査定の時同席して、弁護士役をやってくれるんですよね。

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