雇用ジャーナリスト海老原嗣生氏と欧米の人事制度に詳しい識者との鼎談、いよいよ最終回。「ヒラのままでも給与が上がり続ける日本の人事制度はおかしい」という海老原さんの持論に異論反論。「むしろ管理職になる人が多すぎでは?」という意見も出て――。(構成:小林暢子、写真:稲垣純也)

鼎談シリーズ、第1回はこちら
第2回はこちら
第3回はこちら

海老原嗣生氏(以下、海老原):最後の話題です。僕や中島さんの世代はこれまで人事改革を何度も経験してきました。1995年には日経連(日本経営者団体連盟、現・経団連)の『新時代の「日本的経営」-挑戦すべき方向とその具体策』というプロジェクトもありました。今回のジョブ型も全く同じで「終身雇用が維持できない」「年功序列は維持できない」「一括採用が維持できない」と言っている。この話は実は1960年代から全然変わっていないのです。

[画像のクリックで拡大表示]

 2000年代中盤には小泉内閣がホワイトカラーエグゼンプションの導入に動きましたが、これも終身雇用、年功賃金が維持できないことから始まったものです。財政構造改革会議や産業競争力会議でも同じ話が出ています。出発点は全部、「終身雇用が無理、年功序列が無理」という話ですよね。

[画像のクリックで拡大表示]

 だからそろそろおじいさんたちの給与体系をしっかり変えなきゃいけない、と言っていたはずが、今回は出口がジョブ型になって「個人が担う職責を即座に報酬に反映して、より大きな昇給を得る」、つまりますます稼げますという話になっている。下げなきゃいけないと分かっているものを、ますます上げますという話でごまかすのもまた、いつものパターンなのですが。ジョブ型論議の火付け役となったトヨタ自動車の豊田章夫社長や中西宏明前経団連会長の2019年の発言では、いずれも「年功序列、終身雇用は無理」と言っています。そこが毎度の出発点なのに、50年以上も同じことやっているので、そろそろ結論出さなきゃいけない。

「ヒラのままでも150万円アップ」はもらいすぎ?

海老原:大企業の給与体系を見ると、部長になった人、課長まで行った人は役職定年前に1000万を楽々超えています。それは分かるのですが、課長になれず滞留してる人たちも、35歳のときよりも150万円給与が上がるんですよ。ヒラのままなのに。本物の欧米型だったら同一職務で給与がこんなに伸びるのはおかしい。それも日本では35歳という相当なレベルの方まで上がったところで伸びしろは減っているのに、さらに150万円も上がるのはおかしくないですか。

[画像のクリックで拡大表示]

中島豊氏(以下、中島):150万円って月10万プラスボーナスですよね。読み方は難しいけど、150万円だったらあまり上がってないと私は感じます。人材マーケットでの相場が上がっているだけですから。他社と遜(そん)色ないぐらい出しておかないと、ということではないでしょうか。例えば流通業などは事業が伸びてきたときに人がいないと困る。「他社も上げるなら上げよう」という外部要因で上がっているのではないでしょうか。

海老原:ヒラのレンジ上限に張り付くまで給与が上がり、さらに職能等級がもう1つぐらい上がって係長等級になり、ボーナス係数も大きく変わる。こういうことをいまだにやっているのが、僕には分からないのです。それにね、そんなに市場価値があって取り合いになるほどなら、どこにでも転職できて、そもそも、誰も問題になどしませんよ。

中島:似たようなことは海外でもありますけどね。毎年同じ仕事をしていても給与が少しずつ増える。またマーケットの動きに応じて、他社に抜かれないように給与を上げるということもやっています。特に日々の業務に欠かせない「コアエッセンシャルワーカー」に対してはそうした対応を取ります。

海老原:なぜ欧米では滞留してる人たちの年功給が問題にならないんでしょうか。日本では年功給をなくせとずっと言われています。

中島:ずっと同じ仕事に専念している、いわゆる「インディビジュアル・コントリビューター」が、いわゆるヒラのままで給与が上がる分にはいいと思います。日本ではそういう人を年功で係長などに上げてしまうことが問題なんじゃないでしょうか。

海老原:いやあ、再度言いますが、転職価値が市場で決まる社会だからじゃないですか、米国は。日本ではリストラされた人たち、ほんとに悲惨な転職ですよ。そもそも、課長以上になれている人ってもう4割しかいないんですよ。どの企業規模でも。だから役職を上げるのはずいぶん抑えているのです。54%がヒラに滞留して、15年で150万円給与が上がっているのです。

[画像のクリックで拡大表示]

中島:ローパフォーマーではなくちゃんと仕事をしていて、でも管理的な仕事には就いていない35歳でボーナス込みで年収800万の人を考えると、仮に賞与150万円として、本給650万。月例給54.2万。15年間で150万円上がるうち、賞与分30万で昇給120万。1年の昇給額は、10万で、月8000円強。昇給率で1%強。人材確保のためには、妥当な処遇ではないかと思います。

中野宗彦氏(以下、中野):この10~20年くらいの間に大手企業では管理職のポスト数そのものを減らしたり、役職定年を行ったり、管理職への登用要件を厳しくしてきたので、管理職以上はある程度コントロールされているように感じます。ただ、これらの改定の際に、管理職手前まで給料を上げ続けるのをやめた会社と、やめられなかった会社があるんです。やめられなかった会社は管理職手前の高給人材がめちゃくちゃ多く、残業代もつくと、へたしたら管理職よりも給与が高いという笑えない事例も多々実在します。一方でその中には能力が陳腐化して、若い人よりパフォーマンスが低いという人も少なくない。そこに悩んでいる会社はすごく多いと思います。ジョブ型にしたいという会社は、それを建前にして、実は「高給の非管理職人材の給与を下げたい」と思っていることも大きいのです。管理職以上はもうある程度抑えられているので。