ヒラの給与を下げたら流出してしまうのか

中島:そもそも5割弱がマネジャーになるというのは、ちょっと多いと思います。2~3割でいいです。ただ日本だと「格差が広がる!」という言われ方をする。アメリカは格差がないとダメという考え方です。格差があるから、それを乗り越えようとする社会のエネルギーが生まれる、という考えかたをするのです。

中島豊(なかしま ゆたか)氏 特定非営利活動法人日本人材マネジメント協会会長 1984年富士通入社、1994年からリーバイ・ストラウスジャパン、日本ゼネラルモーターズ、日興シティグループ証券などで人事を担当。2011年ジブラルタ生命保険執行役員、2019年より日本板硝子執行役グループファンクション部門人事部統括部長
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中島豊(なかしま ゆたか)氏 特定非営利活動法人日本人材マネジメント協会会長 1984年富士通入社、1994年からリーバイ・ストラウスジャパン、日本ゼネラルモーターズ、日興シティグループ証券などで人事を担当。2011年ジブラルタ生命保険執行役員、2019年より日本板硝子執行役グループファンクション部門人事部統括部長

海老原:日本はまだ全員が階段を上り続けるキャリアですね。そこは壊しきれていないです。ただ、上らない人も年齢に応じて上がっていることはやはり納得いきませんね。

中島:組織の作り方の違いや、為替の問題もあるので一概には言えませんが、日本の課長層の給与も安いと思います。さらに、その下にいるヒラとか係長クラスの人は、ずっと同じ仕事をするコアコントリビューターになってくるのではないでしょうか。その人たちの給与を15年で150万円上げるのはいいと思います。いなくなると困るんだから。

海老原:うーむ、僕が人事部長に「なんでヒラの給料を上げるんですか」と聞いたとき、「そうしないと家族を飯食わせないだろう」と言われたことがあるのです。家族を養うために、家族の大きさに従って、つまり年を取るほど上げるというのはすごく多い。ところが今は共働きやDINKS、生涯独身やバツイチの人なども多いのに、日本の古来の年功カーブで給与が増えている。つまり、家族は増えないのに家族給をもらっている。そういう「過去と現在の軋(きし)み」が生じている状態でしょう。

中島:元々は家族の観点で上げてきたんでしょうけれども、最近はマーケットがからんでいるのではないでしょうか。労働市場が流動化しているなかで、「うちの会社は家族が食べられるくらいの給与を出しますよ」という会社があったら、同業他社は下げられないでしょう。全てマーケットに追いつかなくてはいけないという意味で、発想は職務的にならざるを得ないと思います。

海老原:そこが中島さんの話との全くの違いですね。かつて在籍したリクルートには再就職支援の専門会社もあります。そこのデータを見ると、50歳前後でリストラに遭った人を見ると現状平均が840万円くらい。彼らを1年支援して転職まで行けるのは8割ですが、そのうち正社員になれたのは半分、つまり4割です。その正社員の平均給与は430万円。残りの4割は非正規でこちらは300万円程度です。さらにいうなら、賃金構造基本統計調査の50歳男性大卒者の転職者(=勤続1年)の年収もピタリ430万円。こんな市場価値としか思えない。もし本当に市場価値があるなら、リストラも起こらないし、年功賃金も問題視されないでしょう。

中野:外部労働市場での調達可能性、つまり替えが利きやすい仕事か、利きにくいかということも影響するのではないでしょうか。海老原さんの本にも出ていましたが、すぐに習熟できるタイプの仕事と、積み上がり系の時間がかかる仕事があります。例えば、積み上がり系かつ転職市場に少ない土木関連の技術者やITエンジニアでは50歳、いや60歳でも報酬が下がらない方もいます。反面、すぐに習熟できるタイプの仕事で、かつ転職市場に多い職種だと大手企業の給与を維持できることは少ないです。その時々の外部労働市場での需要と供給が加味されずに、十把一絡げで平均化されていることが誤解を生みやすいと思います。

海老原:それは職能等級一律制のせいもあるわけじゃないですか。

中島:そこにジョブ型を導入する意味があると思います。マーケットが高いところはそれに合わせればいいし、そうでないところは低い給与でいい。全員同じ給与になってることがおかしい。

海老原:ただこのヒラの人たちが夫婦で大企業にいて930万ずつもらうと、、執行役員並みの世帯年収になってしまう。もらいすぎなので、給与を下げて、もう少し暇にして、家事育児をしやすくするのがいいと思うんです。かつての、男は滅私奉公、家事育児は女性、その見返りに会社は家族給まで払う、という日本型。私は日本型嫌いではありませんが、ここだけは直さないと。アップデートしないと。社会も生き方も変わっているんだから。

中島:まあ、その分、日本はエグゼクティブの給与が低いという面で帳尻が合っている部分もありますよね。

海老原:確かに、世界並みにエグゼクティブの給与を上げるべきだという論調もありますね。ただ、そのためにヒラ熟年の給与を下げる、というのは錦の御旗にならない気がいたします。欧米のエグゼクティブが異常な高年収なのであって、それに合わせる必要はないと。

中島:もらいすぎか、もらいすぎじゃないかは人材のマーケットが判断するんですよ。マーケットと比べて相対的に高いかどうか。

海老原:マーケットがちょっとおかしくないですか。

中島:いやいや、自由主義経済は見えざる神の手で働いてるという前提に立っていますからね。マーケットがそうなってるということは、それだけ払っても十分な利益が上がっているということです。

海老原:いや、それはシカゴ学派などのいう新自由主義じゃないですか。結果、市場の暴走と二極化が起きる。だって、ルール自体をエグゼクティブたちが自ら決めているのだから、市場に「濁り」が出ちゃうでしょう。そうやって、下が文句を言えない仕組みを作ってる。欧州もその構造で文句が言えないような仕組みになっていますね。職業資格があって、一般のジョブワーカーの給与は安いけれど、上の人はその100倍や200倍をもらっています。中国も同じような状況なので、日本だけがおかしいのかもしれませんね。

中野:日本は独特なマーケットが出来上がってしまっていて、例えば医療系では、薬剤師の資格を持つ修士生が新卒で製薬会社に理系総合職で入社し、薬事という専門職についても、普通に修士相当の給与で働きます。一方で欧米の製薬会社で同じ資格、同じ職種で働いている人の給与はすごく高い。だから国内の製薬会社から外資に転職すると、同じ仕事なのに給与が200~300万円アップすることが当たり前にあります。

中島:日本はいくつかのマーケットが混在していますからね。