分かっているようで、実はちゃんと理解していない人事制度。今回は「職務主義」と「職能主義」の違いをゼロから学ぶ。ジョブ型論争で注目を集める職務主義だが、日本企業が長く活用してきた職能主義とは何が違うのか。ポイントはポストと給与、そしてポスト数にある。

(写真:123RF)

 分かっているようで分からないものの典型が「人事制度」です。長年人事に携わって来たプロでさえ、案外正確に理解していないことが多いのです。

 欧米と日本の人事制度は、用いられる言葉や外形などが似ているために、多くの人はその奥底にある違いになかなか気づくことができません。結果、欧米でうまく機能した制度などを、安易に日本に持ち込んでしまうことがよくあるのです。そうした場合、得てして運用場面で破綻を来します。

 例えて言うなら、マイクロソフトとアップルのOSは一見似ていますが、構造や思想は全く別の体系に基づいています。だからアップルのソフトウェアをWindowsパソコンに入れても動きません。それと同じ間違いを犯しているのです。

 前置きはこれくらいにして、今回取り上げたいのは、人事制度の基本中の基本である「職務主義」と「職能主義」の違い、です。さあ皆さんは、この違いをしっかり言えますか?

ジョブディスクリプションなんて忘れろ!

 職務主義と職能主義、字義どおりに考えれば、

「職務にピッタリな人材を任用するのが職務主義
「個人の能力に合う職務を用意するのが職能主義

 ということになります。でもそれだと単に始点が仕事か人かの違いであって、結論は同じように見えてしまいますね。

 「何が違うのだろう」と多くの人はここで一度悩む。そして「欧米は職務をしっかり決めているが、日本は決めていない。その違いかな」という方向に話は進みがちです。この第一歩が間違いなので、その先は堂々巡りが始まります。こんな風に・・・。

 「きっと、職務定義(ジョブディスクリプション、JD)がしっかりしていないことが日本の問題だろう」
 「ならば、欧米に倣ってJDをきちんと作ろう」

 こうして職務主義と職能主義の違いは、JDに集約されていきます。JDを作ってしばらくすると、JDに書かなかった仕事が出てくる。そこでJDを書き足す。いくら書き足しても、季節や年次によりこれまでなかった仕事が随時発生し、一方でJDに書いたタスクのなかにはもうやらなくていいものも出てくる。いやいや、欧米ではなぜこんな仕組みでうまく業務が回るのだろう……。

 これが今までの「職務主義」妄動の帰結です。そうしてJDは日本に合わないと見捨てられ、数十年たって忘れられたころに、また脱日本ムーブメントが起き、まっさらからJDのわなに陥る。この繰り返しだったのですね。過去の歴史をたどると、1950~60年代初頭、1990年代、そして現在、およそ30年周期でJD狂騒曲が奏でられています。今回のジョブ型は名前こそ変わっていますが、やっていることはあまり変わりません。

 民間だけでなく、厚生労働省や経済産業省などもそのたびに音頭取りをしています。私は1990年代と昨今、その両方で意見を聞かれていますが、けんもほろろに「んなもんうまくいくわけないだろ」的な解答しかしておりません。

 JDの問題については後日、章を変えて、しっかりお話ししますが、今回は「職務主義、職能主義って一体何だろう」というところに立ち返って考えてみましょう。