2019年の労働基準法改正は、時間外労働に厳しい上限を設けるなどして日本の長時間労働の是正を図った。これは一定の効力を発揮したものの、今もなおサービス残業などが続いている。その背景には法律を超えた二つの「神」の存在がある。

(写真:123RF)
(写真:123RF)

 前回に続いて長時間労働の問題を考えます。一体どうして日本は長時間労働の泥沼から抜けられないのでしょうか?

 「法律や政策の問題だ」と主張する人を時折見かけます。インターバル規制(退社からその次の出社までの間に一定の時間を空けること)の導入などについては2010年ごろから騒がれています。

 こうした法規制は「無いよりはあった方が良い」と私も思ってはいます。ただ、法律や政策誘導は、社会が変化し始めた時期に、それを先導するように実施すると奏功するのですが、機が熟していない時点では単なる空念仏に終わってしまうことが多いとも思っています。

2019年の労働基準法改正はまさに時宜を得た改革

 そうしたことを考えると、2019年に労働基準法の改正が行われたのは時期的に絶好だったと言えるでしょう。

 

 2012年に『ブラック企業~日本を食いつぶす妖怪~』(文春新書)がベストセラーとなり、翌13年には「ブラック企業」という言葉が流行語大賞にノミネートまでされています。そうした反ブラック企業の機運が高まる中で、2015年末には電通の高橋まつりさんが自殺し、翌年には国会質問でこの問題が取り上げられました。

 世間がブラック労働に厳しくなってきた背景には、少子化による労働力不足から、社会が女性労働力を欲し、そのことにより「男は働き女は家で」という性別役割分担を肯定する価値観が崩れたことも一因といえるでしょう。男社会の荒っぽいやり方がだんだん許されなくなり、男女共同参画型に近づくに従い、「長時間労働」は「家事育児介護は誰がやるの?」問題につながって、是正圧力が強まりました。こうした流れの中で、ブラック企業・ブラック労働がようやく問題視されたのでしょう。まさに機が熟した段階で、2019年の労働基準法改正と相成ったわけです。

 

 それまで日本の法律には「月間労働時間の上限」がありませんでした。36協定(労働基準法36条に設けた労働時間制限を緩和するための労使協定)を結べば、青天井に働かせることが可能だったのです。そこに絶対的な規制が入りました。その際のことの進め方もうまかったと言えます。

 

 まず「超過勤務の上限100時間」という文言にスポットライトが当たりました。経営側からすると「ああ、そんなに長いのなら大丈夫だろう」と心が緩みもしたでしょう。ところがふたを開けてみると、1年のうちの半分(6カ月)は上限が45時間であり、また、残りの6カ月についても「どの2カ月をとっても平均が80時間を超えてはいけない」という付則がついていました。このルールを守ると残業100時間上限に達することは年に3カ月程度にとどまります。意図してこの流れを作ったのだとしたら、厚労官僚の深謀遠慮に拍手せずにはおれません。

 そして同時に、インターバル規制も努力義務として加わりました。振り返ると、誠に時宜を得た大改正だったわけです。

この記事は登録会員限定(無料)です。

登録会員お申し込み会員登録