企業の成長戦略の1つとして、M&A(企業合併)が積極的に行われるようになって久しい。日本の産業界全体ではM&Aは増加傾向にあり、2021年1月~12月における日本企業のM&A件数は、過去最多の4280件を記録した[注1]。今後は、経営陣から現場の社員に至るまで、「M&Aを当事者として経験する機会」は増えてくるはずだ。

[注1]レコフ・マールオンライン「2021年のM&A回顧(2021年1-12月の日本企業のM&A動向)」

 しかしM&Aは、組織マネジメントの観点で見ると、ハードルが高いアクションである。書籍『M&A後の組織・職場づくり入門 「人と組織」にフォーカスした企業合併をいかに進めるか』(ダイヤモンド社)からポイントを抜粋しつつ、M&Aの失敗パターンを描写してみよう。

 現場の社員にとっては「青天の霹靂」である、自社のM&Aのニュース。経営層がM&Aを社内外にアナウンスした後、現場が業務のやり方や各種の制度などを統合していく作業(PMI/Post Merger Integrationと呼ばれる)に移行する。

 だが、そこで人にまつわる様々な問題が起きてくる。問題を概括すれば、いわゆる買う側・買われる側という"立場の差”に由来する、社員同士の感情的なぶつかり合いに起因している。摩擦が解消されない結果、M&A後の組織で中核を担う社員のモチベーションが低下。派閥争いが絶えず、優秀な社員が続々と退社し、M&Aの狙いが形骸化する――。

 やや極端に描写したが、実際、こんな状況は決して珍しくないようだ。M&A経験企業が、過去のM&Aにおいて「成功基準を達成した」[注2]と評価しているケースは36%にとどまるとする調査もある。

[注2]デロイトトーマツ コンサルティング「M&A経験企業にみるM&A実態調査」、2013年

 書籍『M&A後の組織・職場づくり入門』の編著者の1人である齊藤光弘氏は、組織開発の専門家。過去にはM&Aコンサルタントや投資ファンドのマネジャーとしてM&Aに携わりつつ、大学で組織開発の研究を進めてきた。

齊藤 光弘(さいとう・みつひろ)氏
齊藤 光弘(さいとう・みつひろ)氏
合同会社あまね舎/OWL:Organization Whole-beings Laboratory 代表。組織づくりや人材育成の現場支援と研究を融合させ、組織のメンバーが持つ想いと強みを引き出すためのサポートに取り組む。コンサルティングファーム、投資ファンドを経て、東京大学大学院にて中原淳氏(現在は立教大学経営学部教授)に師事し、組織開発・人材開発の基礎を学ぶ。2020年3月まで國學院大學経済学部特任助教など、大学でのリーダーシップ教育にも関わる。2022年4月から立教大学大学院経営学部 Leadership Development Courseにて『人材開発・組織開発実践論』を担当。共著に『人材開発研究大全』(東京大学出版会)、『M&A後の組織・職場づくり入門 「人と組織」にフォーカスした企業合併をいかに進めるか』(ダイヤモンド社)。

 齊藤氏は「経営戦略上は効果が見込まれるM&Aのプランでも、形骸化してしまうことも少なくない。むしろ後遺症ともいえる状況が発生し、その後何年も悩まされることもある」と指摘する。

 PMIプロセスにおける問題は、社員のキャリアに対する不安の増大、組織アイデンティティの喪失、統合する組織同士の文化の衝突などを招く。

 一方で「人と組織」にフォーカスしたM&Aの成功ポイントを見ると、興味深い点が数多く見受けられる。経営層と現場のコミュニケーションチャネルを確保する、議論でも雑談でもない「対話」を通じた相互理解の機会を進める、買収先企業の価値観やビジョンを重視したコミュニケーションを心がける、相手の立場に沿って「NGワード」を設ける、相手にリスペクトはするが積極的にリードする、などだ。いずれもまさに、人の意識と感情に着目しているところがポイントである。

 こうした工夫は、M&Aというシーンに限らず、人材および組織マネジメント全般に参考になりそうだ。現場社員の意識と感情に着目し、配慮を効かせた組織マネジメントは、エンゲージメントの向上、ダイバーシティ文化の醸成、ひいては社員のウェルビーイング向上にも寄与すると考えられる。

 齊藤氏に、組織変革・組織開発の実務の観点からM&Aを成功させるポイントを聞き、平時の人材マネジメント・組織マネジメント全般にも通じる要点を読み解いていく。


「もったいないM&A」をなくすために

「M&Aの決定が戦略的には正しかったとしても、人と組織の問題で失敗することが多い」という指摘は、人事担当者にも見逃せない話題です。

齊藤光弘氏(以下、敬称略):書籍では、戦略上は有効であっても人と組織の問題で形骸化しているM&Aのことを「もったいないM&A」と呼んでいます。

 日本でも「合併後何年も経つのに出身企業に由来する派閥争いがある」「合併後の組織風土が合わず退職者が続出した」といった例が少なからず見られます。こうした「もったいないM&A」をなくすために、書籍では組織変革や組織開発の知見を活用して、M&A後のPMIにおける人と組織の問題に対する解決策を提案しています。