「インパクトと人的資本経営」に関して報じていくシリーズの前編。近年「インパクト投資」の盛り上がりを受け、企業の活動によって生じる社会的あるいは環境的なアウトカム(企業活動の先にある成果)に注視する動きが活発化しつつある。この動きは人的資本経営とも密接に絡んでいる。今回は米ハーバード・ビジネス・スクールが開発している「インパクト加重会計」と、企業の人的資本経営との関係性を見ていく。

 近年、人的資本の情報開示に対する動きが活発化している。代表例が、2018年に国際標準化機構(ISO)が発表した人的資本の情報開示に関するガイドラインである「ISO30414」だ。今年4月には国内で初めて認証を取得する企業も現れた。

 ISO30414の公開と機を同じくして、2020年には米国証券取引委員会(SEC)が人的資本に関する情報開示を義務づけた。追って日本では2021年に金融庁と東京証券取引所により「コーポレートガバナンス・コード」が改定され、上場企業に対して人的資本に関する情報開示が求められるようになった。

 投資分野ではこれと並行して「インパクト投資」が注目を集めつつある。インパクト投資とは、企業への投資活動を通じて経済的リターンと共に環境問題や社会課題の解決を促す活動を指す。ESG投資を発展させた形として位置づけられており、近年、急速に投資額が増大している。

 インパクト投資では、インパクトという投資先企業の事業活動によって生じる社会的・環境的なアウトカムに注視し、その計測と開示を重視する。インパクトを必ずしも数値で表現できるとは限らないが、近年はその評価・測定手法の開発が進んでいる。

 また、インパクトとは言い換えるとステークホルダー(すべての利害関係者)に与える影響を指し、その中には従業員も含まれる。つまりインパクト投資は人的資本経営にも相通じる。

 人的資本の情報開示とインパクト投資の盛り上がりを合算するかのように、アウトカムを貨幣価値に換算できる枠組みを作ろうという動きが始まっている。それが米ハーバード・ビジネス・スクールを中心に開発が進む「インパクト加重会計」だ。企業活動で「環境」「製品(顧客)」、従業員や地域コミュニティに関する「雇用」の3つの分野への影響を貨幣価値に換算するもの。すでにハーバード・ビジネス・スクールのインパクト加重会計イニシアチブ(IWAI)のWebサイトには各種のドキュメントが公開されている。

 この2022年春、インパクト加重会計を活用するための概念や考え方を示した枠組み(フレームワーク)やインパクト加重会計を適用しようとする企業のために作成方法を示したガイドラインなどが出そろった。6月2日から9月9日までにパブリック・コンサルテーション(公に意見を募集し内容に反映させるフェーズ)が行われている。インパクト・エコノミー・ファウンデーションのWebサイト[注1]に、各種のドキュメントが公開されている。

[注1]インパクト・エコノミー・ファウンデーションは、インパクトの最適化や最大化を経済の仕組みに組み込んだ「インパクトエコノミー」に関する活動を進めている公益団体。

 岸田政権は「新しい資本主義」を掲げて「分配なくして次の成長なし」との考えを押し出しており、ステークホルダーに配慮した持続的な産業界の在り方を議論する気運が高まりつつある。インパクト加重会計はこうした日本政府の動きを踏まえると、人材業務に関わるビジネスパーソンにとっても注視すべきトピックになりそうだ。

 インパクト加重会計は各企業の人材戦略にどんな影響を与えるのか。英国の社会インパクト投資機関に勤務する五十嵐剛志氏にインパクト加重会計の要点と、人材業務に関わるビジネスパーソンが知っておきたいポイントを聞いた。五十嵐氏は以前、ハーバード・ビジネス・スクールのリサーチフェローとして、インパクト加重会計の調査および日本の政府関係者やビジネスリーダーにインパクト加重会計の啓発・普及を行う活動に携わってきた。

五十嵐 剛志 氏
五十嵐 剛志 氏
英Big Society Capital ファイナンスマネジャー、公認会計士(日本)。慶応義塾大学経済学部卒業、英国オックスフォード大学でMBAを取得。PwCあらた有限責任監査法人で、金融機関に対する国際財務報告、統合報告アドバイザリー業務、内閣府で社会的ファイナンスや社会的インパクト評価に関する調査および政策立案、KIBOW社会投資ファンドで社会的インパクト投資業務、ハーバード・ビジネス・スクール Impact-weighted Accounts Initiative(IWAI)リサーチフェローを経て現職。Big Society Capitalは英国の社会的インパクト投資機関。公認会計士による社会貢献活動を推進するNPO法人Accountability for Change共同創設者。認定NPO法人Teach For Japanの最高財務責任者も務めた(写真提供:五十嵐氏)