貨幣価値に換算することのリスク

 インパクト加重会計を使うことについてはリスクもある。ハーバード・ビジネス・スクールは次の2点を挙げる。

●以前は「プライスレス」であった社会的・環境的成果に金銭的な価値を与えることで、その認識された価値に上限を与えるリスクがある。

●ビジネスリーダーに金銭的な数字を重視した教育を続ける事で、社会経済的包摂や生物多様性といった物事の本質的な価値に対する直観が損なわれるリスクがある。

『IMPACT-WEIGHTED FINANCIAL ACCOUNTS:The Missing Piece for Impact Economy』
日本語まとめ(五十嵐剛志氏作成)から引用
参照:一般財団法人社会的インパクト・マネジメント・イニシアチブ(SIMI)グローバルリソースセンター


 先にも少し触れたが、インパクト加重会計の開発元であるハーバード・ビジネス・スクールでは、環境、製品(顧客)、雇用それぞれにおける貨幣価値への換算式を作っている。これらは過去の実務や各分野の専門的な研究から導き出されたものという。

 だがあくまで現時点の研究結果に基づくものだ。つまり、人類がまだ認識できていない環境の価値や社会への影響については包括しておらず、ざっくり貨幣価値に置き換える換算式を作ったとも解釈できる。また実務面で見ても、インパクト加重会計を自社に適用する際に、地域性や業界の事情を考慮して係数を置き換えたほうが適切な場合もあるという。そのため、「現状の換算式があたかも唯一無二の正解であるように捉えてはならない」(五十嵐氏)と指摘する。

 インパクト加重会計には今後さまざまな改良が加えられていくと見込まれる。「インパクト加重会計を実際に活用する上では、単にそのまま適用して計算結果の数値を公表するだけでなく、数値を導出するまでにどのように考えたのかプロセスも示すことが必要」(五十嵐氏)だろう。

 そもそも、1929年の金融恐慌の頃は、統一的な会計基準が存在しなかった。投資家が適切な判断に使える尺度がないまま投資したことが恐慌の原因の1つとされ、1930年代に会計基準であるGAAP(Generally Accepted Accounting Principles)が米国でつくられ、独立第三者による監査が求められるようになった(GSGのWebサイトを参照)[注4]。そして現在も会計基準は時代に合わせて次々と改良が進められている。

[注4]出典:インパクト投資を推進している国際組織であるThe Global Steering Group for Impact Investment (GSG)の会長で、「インパクト資本主義」を提唱するロナルド・コーエン氏による英Financial Timesへの寄稿『Crisis offers a chance to rewrite accounting to include impact』。GSGのWebサイト(上記)でも閲覧できる

 そしてインパクトを貨幣価値に置き換えることはもちろん、インパクトを正確に数値化することなど不可能だとの見方もある。これに対してハーバード・ビジネス・スクールは経済学者ケインズの言葉である「It is better to be roughly right than precisely wrong.(正確に間違えるよりも、おおむね正しい方が良い)」を挙げる。

 現行の会計も『相対的真実』と言われ、企業活動を表す唯一無二の絶対的な数値を求めるものではないという。意思決定のために有用な水準の精度の数値を求めるというのが会計基準の大前提。「インパクト加重会計についても、意思決定のための数値を出すツールとして捉えることが大切だろう」(五十嵐氏)。