コロナ禍、デジタルトランスフォーメーション(DX)、脱炭素化など、未曽有のビジネス環境ではいかに変革に踏み出せるかが企業の命運を握る。いま必要なのは「挑戦を恐れない組織」だ。投資家として国内外の企業経営を評価し「人材版伊藤レポート」に続き、今年5月に公表された「人材版伊藤レポート2.0」の検討会メンバーも務めた三瓶裕喜氏に聞いた。

経営と社員の間に共感が生まれているか

「人的資本経営の実現に向けた検討会」(経済産業省)のメンバーでもいらっしゃいます。投資家から見た「人材版伊藤レポート2.0」の意義とは、どのようなものでしょうか。

三瓶裕喜氏(以下、三瓶):2020年に出た「人材版伊藤レポート」は、人的資本経営の基本的な概念を示し、「3つの視点、5つの共通要素」を提起しました。「人材版伊藤レポート2.0」はその実践編になります。企業にはCHO、CHROが必要であることを明確に打ち出し、CHRO向けのガイドラインのような内容になっていると思います。

 そこでぜひ、レポート2.0と併せて発表された「実践事例集」を活用していただきたいのです。ここには国内企業19社の事例が紹介されています。投資家の観点から、印象的な人的資本活性化の好事例を挙げ、事例集への掲載を推薦しました。有意義なヒントがたくさん見つかるでしょう。

 人材版伊藤レポートの最大の特徴は、海外の基準やガイドラインをコピーしたものではなく、日本企業の課題解決にフォーカスしていることです。日本企業が進めるべき人的資本経営を、日本特有の実態とカルチャーを踏まえたうえで議論し、実効性の高い内容にまとめています。

三瓶 裕喜(さんぺい ひろき)氏
三瓶 裕喜(さんぺい ひろき)氏
アストナリング・アドバイザーLLC 代表。1987年早稲田大学理工学部卒業、日本生命保険入社。ニューヨーク、ロンドンなどで外国株式投資に従事。英国運用会社とのJV(ロンドン)にてCEO。ニッセイアセットマネジメントにて国内株式投資を担当、企業調査・運用体制の刷新を推進し国内株式統括部長に。2007 年フィデリティ投信にディレクター オブ リサーチとして入社、2017年ヘッド オブ エンゲージメント。経済産業省の各種検討会・研究会委員、金融庁金融審議会専門委員、法務省法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会委員、東証の研究会委員などのほか、一橋大学財務リーダーシッププログラムの学外講師を務める。「投資家フォーラム」の共同設立メンバー、運営委員。共著に『コーポレートガバナンス・コードの実践(初版2015年・改訂版2018年・第3版2021年)』(日経BP)、『価値向上のための対話』(2017年、日本経済新聞出版社)、『「公正なM&Aの在り方に関する指針」の解説』(2020年、商事法務)など。2021年4月から現職。(撮影=川田雅宏)

企業に様々な変革が求められている昨今、投資家はなぜ企業の人的資本経営に注目しているのでしょうか。

三瓶:投資家が人的資本経営を重視するのは自然なことです。人が辞めていくような会社が成長するはずありませんし、逆に、良い人材が集まる会社は業績を伸ばすはずですから。

 しかし、実はもう一つ大きな理由があります。経営が打ち出す中長期的な経営戦略を、本当に実現できるかどうか。その見極めが、投資判断において重要な評価軸になります。経営トップがいくら旗を振っても、現場の社員が動かなければ戦略は実現できません。そのためには、経営陣と社員の信頼関係が必要ですし、能力を発揮しやすい環境を作れるかどうかが重要です。それを左右するのが人的資本経営ですから、投資家は注目するのです。

 コロナ禍、デジタルトランスフォーメーション、脱炭素化など、今日のビジネス課題は過去に経験したことのないものばかりです。これまでの延長線上で努力すればよい状況ではなく、事業戦略の大きな方向転換が求められています。その意味を社員がしっかりと理解し、経営方針について来られなければ、この時代を乗り切ることはできません。経営陣と社員の間に共感が生まれているかどうか、社員一人ひとりが能力を発揮できる会社になっているかどうか。それを見極めることが投資判断の重要なポイントになるのです。

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