ビジネス環境の変化が加速する中、従業員のリスキル(学び直し)によって必要な人材を確保する戦略の重要性が高まっている。経済産業省による人材版伊藤レポートや未来人材会議でも指摘されている通りだ。そこで今回は、日本の数年先を行く米国のリスキル事情をまとめてみた。参考になる事例やアイデアが豊富に見られる。

(写真:123RF)
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相次いでリスキルに取り組み始める米国大手企業

 2020年に世界経済フォーラムが発表したレポート「The Future of Jobs Report 2020」によれば、AI(人工知能)やロボットによる自動化で2025年までに8500万人分の仕事がなくなる。しかし、人、機械、コンピューターの高度な協業によって新たに9700万人分の仕事が生まれるとしている。こうした状況の下、米国企業は様々なプログラムを用意し、人材を新たな成長分野へシフトさせる「リスキル」に積極的に取り組んでいる。

 例えば、米アマゾンは2019年から2025年までの6年間で12億ドル以上を投資し、約30万人の従業員に無料でリスキルの機会を提供すると発表した。オフィスやテクノロジーハブ、フルフィルメントセンター、小売店、輸送ネットワークにまたがる従業員向けに技能訓練プログラムを立ち上げ、その規模を年々拡大していく。

 また、通信大手の米ベライゾンは、「Verizon Skill Forward」という無料のオンライン教育プログラムを展開。2030年までに社内外の約50万人の労働者を訓練し、デジタル時代の新しい業務に適応させる。具体的には、ITサポートスペシャリストやウェブ開発者、Java開発者、クラウドプラクティショナーなどに必要なスキルを学んでいるという。

 米ウォルマートの教育プログラム「Live Better U」もよく知られている。同社の従業員を中心に150万人分の大学授業料と書籍代を同社が100%負担する。その一方で、米グーグルは2022年2月に1億ドルの基金「Google Career Certificates Fund」を設立。2万人以上の米国労働者のスキルアップに取り組むと発表した。

 このように、米国では従業員のリスキルが企業の重要戦略になっている。今でこそ多くの企業に普及している考え方だが、その端緒となった出来事がある。米AT&Tが2013年にスタートさせた「Workforce 2020」だ。米国のリスキル事情を知るうえで、避けて通れない重要な事例である。

10万人の従業員のリスキルに挑んだAT&T

 米AT&Tは1874年の創業以来、その歴史の中で通信業界の変革を何度も経験してきた。しかし、2000年以降に本格化したスマートフォンの普及と通信高速化は革命的な変化であり、同社の伝統ともいえるハードウエア中心の経営戦略を、ソフトウエア中心へと大きく変更しなければならなくなった。

 2008年に実施した社内調査で浮き彫りになったのは、約25万人の従業員のうち新たな戦略に対応できるスキルを持つ人は半数のみ。約10万人の従業員は、将来に不要になっていくハードウエアのスキルしか持たないという事実だった。

 そこで同社は、2020年の自社が必要とするスキルの未来像を作成。それに基づき、従業員のスキルを将来のニーズに合うように再教育していくことを決めた。それが、2013年に打ち出した大規模なリスキル戦略「Workforce 2020」だ。「2020年までに10億ドルを投資し、約10万人の従業員のリスキルを行う」と発表した。

 同社はまず、社内の各ポストに就く人が持つべきスキルセットを明確にした。これにより、従業員は自分がなりたいポストに必要なスキルを理解し、獲得するために自発的にリスキルに挑む流れを作った。

 注目すべき点は、従業員にリスキルを強制しなかったことだ。10万人という大規模なリスキルは、従業員が自ら挑戦したくなるような仕組みを作らない限り、成功できない。AT&Tは社内のジョブを細かく定義し、各ポストに求められるスキルと人事の仕組みを透明化したわけだ。

 スキルを学び直せば、誰にでもチャンスがある。従業員が自主的にリスキルに向かいやすい状況を作ったうえで大きく投資した。その結果、米アクセンチュアのレポート「Helping federal workers thrive」(2021年)によれば、今日のAT&Tでは技術職の81%が社内異動で賄われている。退職率が4割近く減少し、空いたポストを社内の昇進によって満たせる確率が2倍以上に増えた。

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