米国証券取引委員会(SEC)が、上場企業に対して「人的資本の情報開示」を義務づけると発表した。これにより、人的資本経営の流れは加速する。これは世界的な潮流であり、日本企業にも対応が求められる。なぜこの動きが進んでいるのか。投資家や企業の思惑は何か。その動向や背景などについて解説する。

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 企業の経営資源である「ヒト・モノ・カネ」のうち、モノとカネについては財務諸表やアニュアルレポートで詳しく報告されている。しかし、ヒトの情報については、あまり重視されてこなかった。産業の中心が大量生産を軸とする製造業や設備業だった時代、利益の源泉は設備資本と金融資本だったからだ。

 しかし、近年、IT産業やサービス業が台頭してきた。インターネットやモバイルを背景とする新しい産業では、必ずしもモノやカネを持たない企業が巨大な市場価値を生み出している。その競争力の源泉は、そこで働く従業員のアイデアや能力だ。また、既存の産業も急速に変化している。製造、建設、物流、医療、小売を含む、あらゆる業界でデジタル変革やサービス化が進み、そこで働く人材の重要性が高まっているのだ。

 投資家は、人に関する資本、すなわち「人的資本」を見なければ、企業価値を判断できなくなった。これを受け、米国や欧州の機関投資家を中心に、企業に対して人的資本の情報開示を求める動きが加速している。

 今回のSECの決定は、まさにその象徴的な出来事だ。SECが動いたことで、人的資本経営に向かう流れは確定的となった。これは世界的な潮流であり、日本企業にも対応が求められる。

SECが求める情報開示の内容とは?

 ことし8月26日、SECは米国証券法にもとづく「レギュレーション S-K」を改訂すると発表した(注1)。「レギュレーション S-K」とは、財務諸表以外の開示に関するSECの要求事項である。同規定の第101項(c)を修正し、企業の情報開示に「登録者(企業)の事業を理解するために重要な範囲において、人的資本の状況説明を求める」という一文を加える。これにより、米国の上場企業だけでなく、債券やデリバティブなどを発行する企業を含めた全企業に対し、人的資本の情報開示が義務化されることになった。

 開示すべき情報の具体的な内容は、企業の自主性に委ねられている。ただし、SECは最終ルールの中で「雇用者数を含む登録者の人的資本の説明を求める」とし、その例として「人材の誘致、育成、維持」に言及している。つまり、少なくともこの3つの項目については、情報の開示を期待しているのだ。SECのいう「事業を理解するために重要な範囲」とは何か。企業は開示する情報のレベルや内容をどうやって検討すればよいのか。それについては、後ほど言及する。