欧米企業を中心に人的資本の情報開示に向けた取り組みが進んでいる。今年8月に米証券取引委員会(SEC)が上場企業への義務化を決めた。この動きはアジアも含めた世界的な潮流といえる。欧米企業の現状や日本企業の対応状況について、慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授の岩本隆氏に話を聞いた。

――日本企業の間でも、人的資本の情報開示への関心が高まりつつあります。背景には何があるのでしょうか。

岩本隆氏(以下、岩本):日本企業の多くは、大量生産を軸とする製造業で成長してきました。しかしそうしたビジネスの中心は、すでに人件費の安いアジア諸国へ移っています。日本企業がその先のビジネスを創造していくには、従業員一人ひとりの才能やスキルを活用する必要があります。そのためには、人材マネジメントを強化しなければならない。その点は、すでに多くの日本企業が認識しています。

 ところがそうした新しい環境を作るには、年功序列を基本とする旧来型の人事制度や報酬制度を見直さなければなりません。その部分に手を出せない企業が多く、変革はなかなか進みませんでした。

 自然災害や貿易摩擦、新型コロナウイルスの影響などにより、ビジネス環境が大きく変化しています。企業は生き残りを賭けて様々な変革を迫られ、人材マネジメントの改革も動き出しているのです。そうした中で人的資本経営やCHO/CHROの役割が注目され、人的資本の情報開示についても関心が高まってきました。

岩本 隆(いわもと たかし)氏
慶應義塾大学大学院経営管理研究科 特任教授
東京大学工学部金属工学科卒業。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)大学院工学・応用科学研究科材料学・材料工学専攻Ph.D.。日本モトローラ、日本ルーセント・テクノロジー、ノキア・ジャパン、ドリームインキュベータを経て、2012年より慶應義塾大学大学院経営管理研究科特任教授。山形大学学術研究院産学連携教授、ICT CONNECT 21理事、日本CHRO協会理事、日本パブリックアフェアーズ協会理事、SDGs Innovation HUB理事、日本RPA協会名誉会員、「HRテクノロジー大賞」審査委員長、「Digital HR Competition」審査委員などを兼任。

――人的資本の情報開示に関して、欧米企業の動きはいかがでしょうか。

岩本:欧州企業のWebサイトには、すでに多くのHRレポートが発表されています。企業向け基幹システムのベンダーである欧州SAPは、率先して人的資本の情報開示を進めていますし、ドイツ銀行などは国際標準化機構(ISO)の国際規格「ISO30414」に即したHRレポートを公開しています。

 一方米国企業の多くは、人事ソフトベンダーのワークデイやオラクルなどのITツールを利用してデータ収集を始めており、情報開示を求められればすぐ対応できる体制を整えています。空欄にデータを埋めていけば、ISO30414に準拠したレポートを簡単に作成できるようなITツールもあるようです。

 今年8月、米証券取引委員会(SEC)が義務化を決定しました。そこに至る過程の議論を見ると、様々な意見が交わされてきたことが分かります。中には、「人材マネジメントは企業の競争力に関わる問題であり、詳細なノウハウは公開したくない」という企業の意見もありました。そうした議論の末に義務化は決定され、各社は情報開示をせざるを得ない状況になっています。

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