人的資本の情報開示に向けて、企業が動き始めた。8月に、米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対して「人的資本の情報開示」を義務づけると発表したことを機に、国内でも準備を始める企業が増えている。特に、国際スタンダードと目される国際規格「ISO30414」への対応が求められる。

(写真:123RF)
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 「投資家との会談は3週間後。時間がない」。ある大手IT企業の人事担当A氏が焦りを見せていた。

 会談に向けて同社の人事部が準備を進めているのは、人的資本の情報開示についてだ。情報開示に関して、企業が利用できる国際基準にはいくつかある。中でも国際標準化機構(ISO)の国際規格「ISO30414」の重要度が高く、国際的なスタンダードになるであろうといわれる。

 人的資本に関して、企業はどのような情報を開示すべきか。ISO30414では「コンプライアンスと倫理」「コスト」「ダイバーシティ」「リーダーシップ」「組織文化」など11の領域にわたって、総計49の項目を提示している(ISO30414、人的資本の情報開示49項目を一挙に紹介)。A氏をはじめとして同社の人事部では、9月にこの49項目を読み込む作業に着手した。経営戦略と人事戦略に照らし合わせて、同社で訴求すべき項目と、それらをデータによって可視化できるかどうかの洗い出しを始めているという。

 この準備を始めたきっかけは、米国証券取引委員会(SEC)による発表(人的資本の情報開示、ついに義務化!米SECが8月末に発表)、とA氏は語る。「米国で来た波は必ず日本にもやってくる。最近では、他社の人事担当者と話をすると必ずISO30414の話題になる」(A氏)。

リターンを定量化できるかがカギ

 人的資本の情報開示の潮流は数年前、欧米の大手機関投資家による企業への要求から始まった。一説には、リーマン・ショックを契機に「財務諸表のみで企業価値を評価すること」への疑問が生じ、投資家が企業への投資プロセスにESG評価を導入したといわれる。投資家が企業に人的資本の情報開示を要請し始めたことで、財務情報には表れてこない企業価値向上の取り組みが問われるようになる。

 国内では金融庁が今年3月に再改訂した投資家の行動規範(スチュワードシップ・コード)で、初めてESG投資を重視する内容を盛り込んだ。コード受け入れを表明した機関投資家の多くが、企業の人的資本に高い関心を示している。

 投資家が注目する人的資本の情報開示に際して必要とされるのが、「投資とリターン」の相関関係を明らかにすることだ。例えば人材マネジメントにおいて、投資と考えられる人件費には採用コストや育成コスト(研修など)、リテンション対策などが挙げられる。これらに対してどれだけのリターン、つまり投資効果があったのかを定量的に示さなければならなくなる。前述のISO30414の49項目の中では、例えば7)「生産性」領域の(1)従業員あたりの税引き前利益/収益/売上高/利益、(2)人的資本のROI(投下資本利益率)「生産性」領域――などに当たるだろう。

 「我々はこれまでも、ダイバーシティや女性活躍推進を進めるなかで新卒社員における女性比率、女性管理職比率、男性の育児休業取得率などの数字はしっかり把握してきたし、これらを向上させる努力もしてきた。しかし今回の情報開示で必要とされているデータは、そのようなレベルではない」とA氏は語る。

 まずは企業内での経営戦略、人事戦略をもとにKPI(重要業績評価指標)を決め、自社の施策を客観的に測定していく必要がある。これらの数字を明確に出すためにHRテクノロジーを導入することも急務となるだろう。