国際規格などに基づいて人的資本の情報開示を進める場合、日本企業には特に注意すべき点があるという。欧米には理解されにくい独特の文化や価値観があるからだ。失敗を避けるには、何が必要になるのか。国内外の投資家事情に詳しいフィデリティ投信ヘッド オブ エンゲージメントの三瓶裕喜氏に話を聞いた。

――欧米を中心に、人的資本の情報開示が進んでいます。海外企業と日本企業の違いについて、どのようにお考えでしょうか。

三瓶裕喜氏(以下、三瓶):確かに海外企業では情報開示が進んでいますが、ビジネスや組織の実態を見れば、日本企業が海外企業に比べて大きく劣後しているとは思いません。

 例えば、人材に関する典型的な指標は「労働安全」です。海外では多くの企業が労働安全のデータを開示していますが、死亡事故や重大な負傷事故はかなり発生しています。それを客観的な数字で公開し、年々減らす努力をしているとアピールしているわけです。海外企業は人権問題やハラスメントなど様々な問題を抱えているために、その実態を客観的に把握して開示せざるを得ない事情があり、情報開示が進んでいるのだと思います。

 日本企業が労働安全に関する情報を開示すれば、事故発生件数などの数値は海外企業とは桁違いに低くなるでしょう。日本企業は、事故はそもそもあってはならないと考え、事故を防ぐための実効性の高い対策をしてきたためです。このため、これまでは積極的にデータを開示してこなかった。そこが海外と日本の企業の大きな違いだと思います。

 しかし、世界の情勢は変わりつつあります。日本企業がこのまま情報を開示しなければ、「何をやっているかよく分からない企業」と位置づけられてしまいます。何か問題が生じた際に、ほかにも問題を抱えているのではないかと疑われる材料になってしまうのです。今後は日本企業も積極的に情報を開示し、投資家に理解を求めていくことが必要です。

三瓶 裕喜(さんぺい ひろき)氏
フィデリティ投信 ヘッド オブ エンゲージメント:投資先企業との建設的対話(エンゲージメント)の統括責任者
1987年早稲田大学理工学部卒業、日本生命保険入社。ニューヨーク、ロンドンなどで外国株式投資に従事。英国運用会社とのJV(ロンドン)にてCEO。ニッセイアセットマネジメントにて国内株式投資を担当、企業調査・運用体制の刷新を推進し国内株式統括部長に。2007 年フィデリティ投信にディレクター オブ リサーチとして入社、17年より現職。経済産業省の各種検討会・研究会委員、金融庁金融審議会専門委員、法務省法制審議会会社法制(企業統治等関係)部会委員、東証の研究会委員などのほか、一橋大学財務リーダーシッププログラムの学外講師を務める。「投資家フォーラム」の共同設立メンバー、運営委員。共著に『コーポレートガバナンス・コードの実践(初版2015年・改訂版2018年)』(日経BP)、『価値向上のための対話』(2017年、日本経済新聞出版社)、『「公正なM&Aの在り方に関する指針」の解説』(2020年、商事法務)など。(写真提供:フィデリティ投信)

――人的資本の情報開示において、日本企業が特に注意すべきことは何でしょうか。

三瓶:日本企業は文化や働き方の面で海外とは大きく異なるため、ISO30414のような国際スタンダードに基づいて情報開示を進める場合には、特別な注意が必要になります。

 例えば、平均給与や処遇の男女間の格差です。日本企業で働く女性の多くは一般職であり、男性には総合職が多い。求められる職務も責任も違うので、初任給も違えば勤続年数も違います。そのため給与には差が出るし、女性の管理職や役員も少ないという話になります。

 そうしたデータを、何の説明もなく欧米の投資家に見せてしまうと驚かれるかもしれません。日本企業は男女の性別で処遇に差をつけているのかと誤解される可能性があります。情報開示はもちろん重要ですが、誤解を招く可能性がある場合には、その背景や理由をしっかりと説明することが、日本企業にとってさらに重要なことになると思います。

 また、欧米主導型のスタンダードでは見えてこない日本企業ならではの優位性を、欧米の投資家に対してどう説明し、どんなストーリーで語っていくべきか。そうした点にも努力する必要があるでしょう。海外に出て行った日本企業のカルチャーが、現地採用の方々に大きな感動を与え、広く受け入れられている事例もたくさんあるわけですから。