従業員エンゲージメントと企業業績の相関関係が明らかとなり、これを高めるための様々な施策が進みつつある。HRテクノロジーを背景に、データを介した投資家との対話も始まっている。世界的な3つの潮流の中で、日本企業は何を目指すべきなのか。三井住友銀行の人事戦略を牽引する人事部 上席推進役の樋口知比呂氏に話を聞いた。

樋口 知比呂(ひぐち ともひろ)氏
三井住友銀行 人事部 上席推進役
早稲田大学政治経済学部卒、カリフォルニア州立大学MBA。UCLA HR Certificate取得。通信会社の人事部でキャリアをスタートして以来、人事プロフェッショナルの道を20年超歩む。通信会社勤務中は外資企業M&Aの売却側・買収側ともに関与し、変革期の人事を経験。日立コンサルティングでの人事コンサルタントを経て様々な業種の企業で人事プロジェクトを企画提案/リードし、その後シティバンク銀行の人事部長に転身。業務改善計画の策定および実行をやり遂げる。シティバンク銀行リテールバンク事業の三井住友銀行への売却を経て移籍し、SMBC信託銀行 人事部 部長を務めた後、現職。国家資格キャリアコンサルタント。

――人的資本経営を巡る今日の動きについて、どうお考えでしょうか。

樋口知比呂氏(以下、樋口):いま、3つの大きな潮流があると思います。1つ目は、HRテクノロジーによる科学的な人事管理です。人事データの活用は昔から行われてきましたが、HRテクノロジーの進化により、採用や研修、顧客管理といった複数のシステムをまたぐデータ連携や、メールやチャットを組み合わせた分析が可能になりました。例えば、エンゲージメント・サーベイや勤怠情報を組み合わせると退職リスクを評価できます。複数のデータを組み合わせて分析することによって、業務の質と生産性を向上できる世の中になったのです。

 2つ目が、企業が非財務情報の開示へと向かう流れです。米テスラのような赤字続きの企業の時価総額がトヨタ自動車より上位にランキングされたり、GAFA(グーグル・アマゾン・フェイスブック・アップル)のような巨大IT企業の価値が急上昇したりしています。保有するビッグデータや優秀な人材の価値などが評価されているからです。今日、財務諸表だけでは企業の価値を判断できなくなっています。ヒト・モノ・カネに加え、情報や時間、知的財産、テクノロジー、企業風土などが新たな経営資源として注目されるようになりました。人材や企業風土の「見える化」が、投資を呼び込む原動力になっています。

 3つ目がESG(環境・社会・ガバナンス)です。企業価値を中長期的な視点で評価する際に、ESGを重視する投資家が年々増えています。

 この3つの潮流は、日本にも確実に届いています。2000年頃に「知的創造」、2010年頃には「知的資本経営」のブームが見られましたが、今回は最大の課題であった人事の見える化がHRテクノロジーで可能になったデータというファクトに支えられており、一過性のブームでは終わらないと思います。

エンゲージメントと業績には相関関係がある

――従業員エンゲージメントと企業の業績には、何らかの関係性があるのでしょうか?

樋口:はい。それが「サービス・プロフィット・チェーン(SPC)」と呼ばれるフレームワークです。従業員満足度(ES)が高まると顧客満足度(CS)が高まり、その結果、売り上げと利益が向上するという考え方です。調査会社の米ギャラップが、その相関関係を統計的に実証しています。

 人事コンサルティング会社の米ウイリス・タワーズワトソンの研究でも同じような傾向が見られます。エンゲージメントが高い会社は、低い会社に比べて営業利益率が約3倍高く、欠勤日数が6.5日少なく、離職率が41%低く、総資産の伸び率が10倍高いなど、具体的な数値を示して比較優位性があることを結論づけています。

――それは、投資家が企業に人的資本の情報開示を求めるようになった流れと関係があるのでしょうか。

樋口:あると思います。2018年に米サステナビリティ会計基準審議会(SASB)が非財務情報の開示基準に従業員エンゲージメントを導入しました。それに呼応して、日本企業の間でもエンゲージメントに関する情報開示が進んでいます。

 昨年、私は東証一部のTOPIX Core30に含まれる企業のIR情報を調査しました。その結果、30社中13社がエンゲージメントに関する何らかの情報をホームページで公開し、4社がエンゲージメント指数を開示していることがわかりました。セブン&アイホールディングス、アステラス製薬、ソニー、三菱商事の4社です。今年も同じ調査を実施したところ、それに花王と三井住友フィナンシャルグループの2社が加わって6社に増えています。この調査結果を報告した私の論文は、今年の人材育成学会賞で奨励賞をいただきました。

 三井住友フィナンシャルグループでは、人事中期経営計画の4つの柱の一つに従業員エンゲージメントを掲げています。人事制度の改定、人材育成ビジョンの制定、職場での経験学習の強化、自律的なキャリア支援としての公募制度の拡充、組織風土改善のためのエンゲージメント・サーベイの導入など、主要な施策とエンゲージメント指数をホームページとIR報告書で開示しています。