国際スタンダードで日本企業の長所を伸ばせ

――人的資本経営を目指すために、日本企業が乗り越えなければならない課題は何でしょう。

樋口:人的資本経営の根幹は、従業員の生産性の向上にあると考えています。三井住友フィナンシャルグループでも、エンゲージメントを向上させることで「従業員一人ひとりの働きがい向上」と「企業としての生産性向上」を両立させ、「人財力No.1を目指す」とメッセージを発信しています。

 日本企業は、伝統的に人材に依存しているといわれます。これをメンバーシップ型人事制度と呼び、ジョブ型にシフトさせていくべきだという声が最近では高まってきています。リモート環境下のマネジメントでは、確かにそうした面も必要かもしれません。しかし、メンバーシップ型とジョブ型を二者択一で考えるのではなく、いわばそのハイブリッド型を目指してもよいと思います。日本企業に不足しているジョブ型の要素を積極的に取り入れながら、メンバーシップ型が持つ良い面をさらに伸ばしていくのです。

 重要なのは、メンバーシップ型とジョブ型のどちらが優れているかという議論ではなく、生産性の向上を強く意識した理想的な人材マネジメントを再定義することにあります。それこそが、日本企業が乗り越えるべき大きな課題だと考えます。

 生産性向上に影響する要因を特定しながら、継続的に手を打っていくことが大切です。そのためには、HRテクノロジーによる科学的な人事管理を進め、成功率の高い施策を見極めていく必要があります。例えば、パルス・サーベイです。項目ごとの時系列的な浮き沈みを「見える化」し、必要な施策を講じます。成功するまでやり抜くことで、組織に変化が起きてきます。「やり抜く」という姿勢が重要です。

――ISO30414やグローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI)スタンダードのような国際基準が整備されています。日本企業は、こうしたスタンダードにどう向き合うべきでしょうか。

樋口:義務感や横並び意識だけで取り組むのでは、人的資本経営の本来の意義が薄れてしまいます。中には、最初は義務感でスタートしても、次第に積極的に取り組み、自社の成長につなげていこうとする企業が増えてきています。投資家や顧客も、そうした企業を高く評価するようになりつつあります。

 非財務情報の本丸といわれてきた人材情報の開示が、いよいよ始まりました。様々な国際スタンダードがありますが、その根幹にある「企業の成長」という思想は同じだと思います。どれを活用するにしても、企業が成長するための情報開示だという意識で向き合っていくべきです。

 GRIスタンダードはサステナビリティを背景にしているので、雇用、労使関係、労働安全衛生、研修教育、多様性と機会均等などの情報開示基準があります。三井住友フィナンシャルグループでも、「GRI G4ガイドライン対照表」をホームページに掲載し、ESGデータブックを公開しています。

 ISO30414は、人事管理に特化したガイドラインという印象です。ステークホルダーへの透明性を高めて組織のパフォーマンスを向上させるため、データドリブンな人的マネジメントを進める、としています。今後、ISO30414を活用する日本企業は増えるでしょう。

 米国証券取引委員会(SEC)の「レギュレーション S-K」もこれに似た内容で、目的は事業を理解するために必要な人的資本リソースや指標、マネジメントに関する情報開示にあると述べています。

 これらのガイドラインを利用して人的資本を最大限に生かし、投資家と対話しながら企業を成長させていく。このような姿勢が日本企業にも必要になると思います。