データに基づく人事戦略をすぐにでも始めるべき

――HRテクノロジーの導入が進まない理由の一つに、投資効果が分かりにくい点があるようです。

香川:例えば、人材開発というテーマを考えてみましょう。人材が半年や1年ですぐに成長するとは考えにくいですよね。経営者も投資家も、人材開発への投資を中長期的で考えている場合が多いでしょう。

 これまでは、人材開発への投資効果を何年にもわたって定量的に追いかける方法はありませんでした。HRテクノロジーを導入すれば、それが可能になります。ISO30414が示すKPIを設定し、何年でも追いかけて可視化できるのです。

 単純な例ですが、例えばKPIとして「売り上げ」を採用したとします。売り上げには様々な要因が影響しますが、業種によっては、人材開発への投資を強く反映します。例えば、保険会社がそうです。営業担当者に対して、商品説明の要点やITツールの上手な活用法などを教育すれば、その成果は営業成績に表れます。HRテクノロジーを使えば、研修投資と売り上げの関係を可視化し、年々研修内容を改善していくことが可能になるわけです。HRテクノロジーへの投資効果は、売り上げの向上という形で表れます。

 MBO(目標管理制度)の目標セットをHRテクノロジーで管理するだけでも、かなりの効果が期待できます。単年度で投資効果を確認できるケースもあるでしょう。

――日本企業が今すぐにでも取り組まなければならない課題は何でしょうか。

香川:人事の領域において、データに基づいて意思決定を下すことです。そのためには、HRに関わるデータを集めて分析可能な形でセキュアに蓄積できる仕組みが必要です。

 米国のHRテクノロジーの5つの進化ステージによれば、まず第1ステージとして「組織全体からHRデータを収集する仕組み」を作り、第2ステージで「分析」が可能になり、第3ステージで「レコメンデーション機能」を使い始め、第4ステージで「未来予測」が可能になり、第5ステージで「人工知能(AI)の活用」が始まります。欧米の先進企業は既に第5ステージに入っていますが、多くの日本企業は、まだ第1ステージにいることは冒頭でも述べました。

 ISO30414に基づくデータ活用は、経営者、人事担当者、従業員のそれぞれにメリットをもたらします。経営者にとってのメリットは、意思決定の精度が上がることです。人事担当者のメリットは、業務標準化による生産性の向上と、業績に貢献する戦略的な人事を可能にする点です。従業員にとっては、働きがいと働きやすさが向上し、個々のキャリア形成を会社がサポートしやすくなります。これらは全て、人的資本の価値を高める方向に働きます。

――ISO30414ほど関心の高いテーマはない、ということですね。

香川:私は長年にわたってHRテクノロジーに関するセミナーやイベントを開催してきましたが、今回のISO30414ほど、経営者、人事関係者の関心を集めるテーマには出会ったことがありません。

 欧米では、企業のISO30414への適合性を第三者機関が監査し、認証するサービスの提供が始まっています。数字で厳密にリポートし、監査まで入るとなると、計算プロセスや定義などをHRテクノロジーで管理したいニーズは高まるでしょう。

 多くの日本企業は、まだ人的資本が重大な経営課題であることに気づいていないように見えます。人件費を経費と見るPL(損益計算書)ベースの考え方はもう古い。世界の企業経営の常識は、人材を人的資本として位置付け、PLではなくBS(貸借対照表)で見ています。人的資本への投資が中長期的にどれだけのリターンをもたらし、業績を向上させていくかが重要なのです。まさに、経営哲学の変革を迫られているといえます。