リモート環境でのコミュニケーションに悩み、調子を崩す若手社員がいる一方で、デジタルツールを駆使してガンガン活躍するシニア世代のつわものも。ミスミグループの副社長などを歴任し、現在も様々な会社の経営指南役を務める有賀貞一氏に、いつまでも活躍し続けるために必要なことを聞く。

 今回はシニア人材の活躍に注目します。

 筆者(河野)はほんの少し前まで、「若い世代の活躍は絶対善で、それを阻むのは旧弊に固執するシニア世代」という文脈で語りがちでしたが、ステレオタイプに当てはめ過ぎるのも得策ではないと考えるようになりました。私も最近はだいぶ大人になってきました。時の流れは早いものです。

 ひとたびステレオタイプから脱してみると、発見は多いもの。COOとして経営に関与しているアイデミーは、スタートアップとしては珍しいことですが、一般にシニアと呼ばれる年代の方々に支えていただいています。70歳を超える大先輩たちと日常的に接点を持ち、様々な相談に乗ってもらっているのです。そんな方々とお話ししていると、経験や実績もさることながら、思考や発想の柔軟性は年齢とは無関係なのではないか、と感じることばかりです。最近はやりの“無意識バイアス”の罠にはまっていたのかもしれません。

 一方で、デジタルネイティブと呼ばれる若い世代が、コロナ禍で仕事のデジタル化が進むなか、パフォーマンスを落としたり、デジタル化が行き過ぎて心身を壊してしまったりする状況があるのも事実です。

 リモート時代に活躍するシニアの謎に迫ってみたい。そして2020年代を引っ張っていくはずの続く世代へのヒントにしたいというのが今回のテーマです。

 今回インタビューする有賀貞一さんはこのテーマにぴったりの方です。CSKホールディングス(現・SCSK)代表取締役、ミスミグループ本社副社長などの要職を歴任され、今も複数社の取締役やコンサルタントとして活躍し続けておられます。

知識情報社会では60歳でリタイアなんてありえない

河野:現在、僕の周囲はスタートアップだけに20代が多くて、リモートワークへの順応も早くできました。しかしコロナ禍が数カ月続くと、うまく仕事が進められず心や体を壊す人が増え始めました。一方で僕が日頃頻繁にコミュニケーションをとっている70代の皆さんは、本当にうまく順応して輝きを増しておられる。60代の人とも接点が多いですが、僕の中では60代はミドルに位置付けられてすらいます。実は今日も昭和19年生まれの77歳の方とミーティングしたのですが、週末はスキーやゴルフに勤しみ、平日はオンラインでガンガン仕事をやっておられるそうです。この“輝けるシニア”の秘訣を今日はひも解きたいと思います。有賀さんは、どんな働き方をされているのでしょうか。

有賀:もともと私は夜行性で夜中の2~3時から活動しています。飲んでからも仕事をして、ちょっと寝て早く起きる感じです。年を取ると早く寝るようになるというのはうそだと思います。私は好奇心の塊なので、30~40代と騒いでワイワイやりながら仕事をするのが一番楽しいです。

河野:なぜ好奇心を保っていられるのでしょうか。

有賀:知識情報社会とはそういうものなんです。私の若い頃から、ずっとそう言われていたのに60代前半でリタイアする人の気が知れませんよ。

有賀 貞一(あるが・ていいち)氏 AITコンサルティング代表取締役 一橋大学経済学部卒業後、1970年野村コンピュータシステム(現・野村総合研究所)入社。1994年に常務取締役。1997年にCSK(現・SCSK)入社、専務取締役に就任。金融システム事業本部長など歴任し、2005年にCSKホールディングス代表取締役。2008年にミスミグループ本社代表取締役副社長。2011年より現職。中央電力やアイリッジの取締役などを兼務。「日経XTECH」の大人気連載「テクノ大喜利、ITの陣」の執筆メンバーも務める

河野:学生時代のご経歴がユニークですね。

有賀:変人なんですよ。中学校のときに見たある写真が私の人生を決めました。野村證券に日本で最初の電子計算機としてユニバック(現在のユニシスの前身)1号機が納入された時のこと。大きすぎて日本橋の本社に入らないので、本社ビルの5階と6階の窓を外して、とびの職人が搬入している写真がすごく印象的だったのです。当時はそろばんが主流だったので、父親には「そろばんを習え」と言われたのですが、「これから電子計算機の時代だからそろばんは使えなくていい」と言い返したのを覚えています。

 理数系に適性があると自覚していましたが、大学は経済学部に行きました。その結果バランスがよくなったと思います。当時はやっていたマルクス経済ではなく、計量経済、数理統計をやりました。そのころからデジタルだったわけです。全くの偶然ですが、結果的にそれがすごく幸いしました。SE(システム・エンジニア)は誰でもできる、DX(デジタル・トランスフォーメーション)は誰でもできると言う人がいますが、それは誤りだと思います。理数系アタマがない人はできません。文学部で仏文をやっていた人はダメ。

河野:私は文学部で仏文。さらに輪をかけて体育会系ですが……。

有賀:営業の人はいいんです。インフラを開発する人は理数系でないとだめです。

河野:安心しました。私が古巣のIBMでいつも「頼もしいなあ」と感じていたのが、トラブルに直面した時のエンジニアの人たちの態度です。腕まくりして、「ここが見せ場!」とばかりに問題解決に取り組むのです。お客様対応はビジネスサイドがやり、究極のコラボレーションだな、と思うことがよくありました。

有賀:IBMは私の一生を決めた会社でもあります。学生時代、IBM360(大型汎用機)国内3号機を入れた民間会社の夜間オペレーションで食いつないでいたのです。アルバイトですが現代の月収にすると250万円くらいの割合で稼いでいました。当時のIBMは営業が大きい案件を取ってきて、エンジニアが美しく仕立てるのが本当に素晴らしかった。