コロナ禍によるリモートワークの普及が、ダイバーシティも浸透させた――。日本IBMデジタルサービス(IJDS)の社長で、2人の子どもを育てる井上裕美氏はこう指摘する。「仕事は会社でやるのが当たり前、リモートで参加する人はマイノリティ」というアンコンシャス(無意識)バイアスがなくなったからだ。

 コロナ禍によるリモートワークが常態化して、500日になろうとしています。働く人のワークスタイルも大きく変わりましたが、その影響を受けて家族のライフスタイルも変わりつつあります。本日お話をお聞きするのは、私の“古巣”である日本IBMが2020年7月に設立した戦略子会社、日本IBMデジタルサービス(IJDS)の初代代表取締役社長に就任した井上裕美さんです。井上さんは数千人の従業員を擁する巨大企業の社長でありながら、2人の娘さんを育てる母親でもあります。巨大企業と共働き家庭の両方を“経営”する立場から、従業員のワークスタイルと家族のライフスタイルの変化を語っていただきます。

「リモート勤務する人はマイノリティ」という無意識バイアスがコロナで消失

河野英太郎氏(以下、河野):井上さんのことは僕がIBM在籍時からよく知っていたので、2020年7月の社長就任の報を目にしたとき、本当にうれしかったです。ですが、実はそれほどの驚きはありませんでした。予想よりちょっと早かったですが、いずれこういう日がくるだろうなあ、と思っていたところがあります。

 2005年に僕が日本IBMの人事部門にいたとき、人事制度の大改革をやりました。当時、担当していた組織では、若手がキャリアを歩むうえでの課題が大なり小なり顕在化しており、組織のエネルギーが低下傾向にあったように思います。そこで若手の昇進を速め、自ら手を挙げて昇進した人には報酬面で大きく報いる制度に変えたのです。あまた行った改革のなかでも、目玉の一つでした。個人的にも、後にも先にもあんなに働いた時期はありませんでしたし、大きな改革を実施しようとすると、どうしても抵抗勢力が生まれ、その矢面に立ち続けたという意味でも貴重な経験でした。それでも当時の若手の社員たちに報いる、という意思のもとに、なんとかやりきることができました。

 そして当時最速で主任相当の職位に昇進した何人かのうちの一人が井上さんでした。人材や組織の開発は、すぐに効果が出るものは少ないと思っています。あれから15年たって今、こういう形で当時の成果が目に見えるのは人事冥利に尽きます。そんな井上さんですが、昨年の就任以来、女性社長・若手社長の文脈におけるインタビューはこれまでも多いと思うのですが、今回はそれだけではなく、数千人の従業員を抱える企業の経営者として、自社の組織文化・ワークスタイルの変化、共働き家庭の“経営者”としてのライフスタイルの変化などの面から、お考えをうかがいたいと思います。

 さて、前置きが長くなりましたが、本題に入りましょう。IBMグループには、もともとテレワークの環境も文化もありましたよね。僕もIBM時代、その恩恵にあずかっていました。そんな IBMグループでもこのコロナ禍の前と後で、何か変化があったのでしょうか。

井上裕美(以下、井上):社長になる前に緊急事態宣言でリモートを強く推奨する環境になりました。

 プロジェクトの内容次第では、お客様先やプロジェクト先へ出社する方もいますが、基本的に自社での仕事を行う場合は、フルリモート環境です。出社する場合は上長に事前に理由とともに申請し、出社後は感染予防を徹底するため、会社から配布された指定マスクに交換、エレベーターも5人までとし、手洗いなどの消毒なども徹底してきました。

 ご指摘の通り、日本IBMは90年代からリモートワークの環境を整備してきました。ウェブ会議システムを使ってリモートで働くのは当たり前。子どもを迎えに行くため19時に帰り、その後海外と会議というようなワークスタイルです。でも当時は、仕事をするのは基本的に会社でした。これがコロナ禍で「感染予防のために会社に来てはいけない」となり、全員がオンラインツールを活用した仕事スタイルになりました。

 コロナ以降で変わったこととして、 例えば、私がそうであるように、ワーキングマザーと話していて話題に上がるのが「以前はリアル前提で社員が盛り上がっている会議に、オンラインで入るのは気が引けた。『外から入る人はマイノリティ』というアンコンシャス(無意識)バイアスがあったから」というものです。

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井上 裕美(いのうえ ひろみ)氏 日本IBMデジタルサービス 代表取締役社長、日本IBM 執行役員 2003年日本IBM入社。システムエンジニアとして官公庁のシステム開発を担当後、官公庁基幹システムプロジェクトのPM(プロジェクト・マネジャー)を経て、2011年官公庁デリバリー部長に就任。さまざまなプロジェクトで統括PM/PO(プロジェクト・オーナー)を担当する。2020年7月より現職。プライベートでは2人の娘の母(写真:北山 宏一)

河野:なるほど。確かに以前は、リアルが「メイン会場」で、オンラインでの参加はあくまでも「サブ会場」でしたね。「メイン会場」では「こんな感じでどう?」なんて、会話が行われていて、「サブ会場」参加者は、ホワイトボードに何かが書かれて、それに基づいて議論が進んでいるんだろうな、と想像しながらも「どんな図が書かれていますか?教えてください」とまでは踏み込めない、マイノリティ感がありましたね。