コロナ禍でもスタートアップ転職は活況

河野英太郎氏(以下、河野):まずは、高野さんに伺いたいこととしては、スタートアップへの転職を含めた、昨今の転職市場全体の傾向です。コロナ禍を経て、どのような動きがあるのでしょうか?

高野秀敏氏(以下、高野):転職市場全体でみると、コロナ禍で市場規模は一旦3割ほど下がりました。その後持ち直して、現在は大手の人材会社のデータなどを見ると、コロナ前の1割減というのがマクロトレンドです。リーマンショックのときよりは早い回復をしていると感じます。

 スタートアップについてはネットビジネス系の会社が主戦場になっていますので、むしろ追い風になっている会社も多いです。2020年の4~6月はコロナの影響がありましたが、それ以降は採用についてはすごく活況を呈していて、現状では全てのポジションの募集があります。成長過程にあるスタートアップは、人を採らなくては回っていきません。またスタートアップの求人数とベンチャー投資金額には相関関係があると言われています。2009年には700億円ぐらいだった国内のベンチャーキャピタル(VC)の投資額が今は6000億円ぐらいと見られているので、求人数も同様に増えていると思われます。

 ポジションもエンジニア、デザイナー、営業、人事、法務、カスタマーサクセスなど幅広い職種で募集があり、レイヤーで見ても、いわゆるCXOからマネジャー、メンバーと全てに需要があるのが現状です。

河野:2009年に700億だったベンチャー投資が6000億ですか。8倍以上にまで上がってきたのですね。このトレンドは今後も続く感じですか。

高野:続くんじゃないですかね。基本的に「金余り」という状況があるので。いろんな国が通貨をたくさん発行し、その一部がベンチャー投資に回っている感じだと思います。日本でも1つのファンドで400億円の資金を持つという時代がすでに来ています。米国では1つのファンドで4000億円とかなので、桁が違いますが。米中と比べると20分の1から10分の1という感じですが、必ずその方向になります。縮小することは考えにくいと思います。

ハイクラスの新卒獲得に180万円/人を投資

河野:基本的にはスタートアップは転職市場と思っていいですか。新卒はあまり範疇にないのでしょうか?

河野英太郎氏
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河野英太郎氏

高野:新卒も採ります。私が関わっている会社で言うと、スローガン(東京・港)という、スタートアップやベンチャー企業の採用を支援している会社があるのですが、1人180万円程度を使っても、いわゆる上位校、東大や京大などの旧帝大や早慶の学生を採ろうとしています。私が顧問をしているテックオーシャン(東京・千代田)という会社は、理工系に完全にフォーカスして、ハイクラスの新卒学生がほしい会社の採用を支援しています。

河野:東大生の就職先ランキングでは、コンサルティング会社がトップに上がります。でも僕はアイデミーに関わるようになってから、実はその上に起業とか、スタートアップっていう層があるんじゃないかと思うようになりました。

高野:私は22年間こういう仕事していますが、今起業する人が一番多いのは東京大学の卒業生ですね。ベンチャー業界は高学歴化したと思います。IT系やネット系は、ある程度学習能力みたいなものを求められるところもあるので、結果的に新卒、中途ともに、高学歴化が進んでいるというのが実情だと思います。

河野:中途も新卒もかなり高いレベルの戦いになってきているのですね。多くの人の選択肢に入りつつある“スタートアップというキャリア”なのですが、一方で冒頭でも話したとおり、大企業からスタートアップへという流れの中で、「所属している会社のおかげで仕事ができている人が、それを自分の力だと勘違いするケース」などもよくあると思うのです。高野さんもそういう事例はご存じですか。

大手出身者がすぐ口にする“できない理由”

高野:以前、スタートアップへの転職における「7つの後悔と失敗」をまとめたことがあります。

後悔と失敗①:企業ブランドを、自分ブランドと勘違い
後悔と失敗②:経営幹部の仕事内容を勘違い
後悔と失敗③:仕事の守備範囲を勘違い
後悔と失敗④:交際費・経費の桁を勘違い
後悔と失敗⑤:会社で一緒に働く仲間への期待値を勘違い
後悔と失敗⑥:大企業のプレミアム年収を自分の実力と勘違い
後悔と失敗⑦:ストックオプションについて勘違い

 まず①の「企業のブランドを自分のブランドと勘違いする」ということは多いです。河野さんの言うように、「自分ができている」のか、会社の力で案件が取れているのかの見極めができていないのです。

 より具体的に言うと最近多いのが、BtoB 向けにSaaS(ソフトウエア・アズ・ア・サービス、クラウドで提供されるソフトウエア)を提供するスタートアップで、「SMB(中堅・中小企業)で実績もついたから次は大手企業に行く」といった戦術をとる企業です。こういった企業では、大手出身の営業担当者はSMB営業が得意じゃないので、例えば富士通、日立、NECみたいなところの人が会社を辞めてノーブランドの会社に移ると、やはり案件が取れないことが多いです。もちろんできる方もいるので一律には言えないのですが。そうすると「うちの会社って実績ないですよね」とか「うちの会社ってこういうサポートがないですよね」と、“できない理由”を会社に転嫁してしまうのです。

 もしプロダクトマーケットフィット(提供しているサービスや商品が、適切な市場で顧客に受け入れられている状態、PMF)しているなら、営業をたくさん採用して波状攻撃すればいいのですが、ベンチャーの問題点とは、シリコンバレーの本とかに書いてあるような「PMFして攻めましょう」みたいなシンプルなものではないのです。

 そもそもPMFして適切な顧客に受け入れられる状況とはかなりまれなものです。「PMFしてないけれど、その状況でもがきながら、お客様の満足度を損なわないように頑張ってカスタマーサクセスをする」とか「プロダクトがいまいちな状況で、お客様の要望を聞いて、プロダクトで解決できないところは人で解決する」とか、そういう中で粘り強く信頼してもらう。そこはベンチャーの難しいところであり、やりがいがあるところなんです。

河野:そこ、すごくよく分かります。メンタリティのギャップがあるんですよね。私も40万人の大企業であるIBMから40人のアイデミーに異動したのですが、大きな会社の場合は、「うちは商品が悪いから」とか「手続きが複雑で」と文句を言ったり、愚痴ったりしていても給料をもらえたんですけど、スタートアップは商品が悪かったら直さなきゃいけない。契約書の約款が良くなかったら訂正しなきゃいけない。文句を言うんじゃなくて動く、っていうメンタリティは本当に必要だなとお話を聞いて思いました。