「認められる場所」を作り人材獲得競争に勝つ

 2009年に立ち上げた宇宙事業は既に120人を超える陣容となっている。宇宙事業に参入してからは、大学で宇宙工学を専攻した学生も新卒採用している。東京大学や京都大学、名古屋大学など高学歴の社員が急増した。大学の研究室とのパイプを築くと大学生だけでなく、卒業後に研究室とつながっている社会人にも「キヤノン電子に行けば宇宙をやれる」と伝わり、自ら売り込みに来る。一方で、研究機関や他のメーカーなど外部から来ていただいた方も沢山いる。しかも、年齢は20代~60代と様々だ。

 全員が宇宙事業を志して入社したわけではない。例えば2015年に入社した初期メンバーの一人は、当時はまだ宇宙事業への参入を発表していなかったので、「入ったら面白いことができるよ」と勧誘した。通信の専門家として採用したのだが、地上の通信機器は詳しくても宇宙独特の環境は全く分からない。教えてくれる人もいないなかで独学で知識を身に着けた。今では「宇宙の仕事は望んでも、なかなか携われない。自分はラッキーだった」と思ってくれているそうだ。

 高い専門性を持つ人材ばかりなので人材獲得競争は激しいが、待遇はほかの事業部門と変えていない。それでもうちを選んでくれるのは、やりたいことができるから。そして自分を認めてくれる場所があるからではないだろうか。

 私は時間に余裕があるときは、宇宙関連事業のフロアに顔を出す。そんなときは、「何か困っていることはないか」と若手社員に声をかける。実際にはその場で直訴されたりすることはあまりないのだが、社員が「自分の価値を認めてもらっている」と実感することが重要だと思っている。

 とはいえ、優秀な人材であるほど引き抜きのリスクは高まる。宇宙関連だけでなく、画像処理などIT業界からの攻勢も強い。辞める人は引き止めないのが私のポリシーだ。引き止めても、その人を幸せにできるという保証はない。自分もサラリーマンだから在任中は責任を持てても、人生を決めることはできない。昔の話だが、「競合のA社に行きたい」と言って退職願を出してきた社員がいた。聞けばA社からはまだ内定が出ていないという。A社の副社長と知り合いだったので、その場で電話して「使えるやつだから採用して」と交渉し、入社させた。退職日に長崎のカステラを持ってあいさつに来たのを思い出す。

やりたいことをやらせるが、ムダ遣いは見逃さない

 競争力のある技術開発のための投資は惜しまないが、野放図にやりたい放題にさせるということではない。研究や技術開発にムダ遣いがないかは、他の事業部門と同様にしっかりチェックしている。投資の申請書が上がってきたらしっかり読み込み、赤字でコメントを入れている。週末に上がってくることが多いので、週明けはその読み込みに1日の大半を使う。

 宇宙事業のビジネスモデルは、衛星本体、部品、そして画像データの販売だ。1号基は打ち上げから3年半たった今でも、撮影した画像データを地上に送信している。2回の打ち上げで、解像度のバリエーションが増え、多様な用途に対応できるようになる。

 現時点での売り上げはまだないが、1999年に「いつかは宇宙事業へ」と野望を抱いて以来、その実現のために会社の収益性を高めてきた。ずっと10%の売上高経常利益率を維持し、宇宙事業参入以降は若干下がったが、2019年決算でも9.1%。今しっかり投資をして、後でしっかり回収する。私がキヤノンで設計を担当していた頃は、レーザービームプリンターなどの新商品が大きく成長して、売り上げもライセンスフィーも伸びた。それは新しいテーマを見つけて膨大な投資をしてきたからだ。投資なくして回収はない。新たなテーマを見つけることが経営者の役割だ。