小さくスタートして賢く失敗する

 

 武田薬品でHRBPをしているときに、ある部門の役員から計画的に将来のグローバルリーダーを育成する研修がしたいとの相談がありました。当初はリーダーシップ研修の提案をしたのですが、話をしているうちに、役員の本来の悩みが――地域軸と機能軸が絡むグローバルなマトリックス組織において、研究開発部門のようなグローバルに活動する部門のサポートが地域を超えて十分に連携できていない――ことにあると分かりました。

 そこで、人材開発のメンバーと相談し、リーダーシップ研修を人事だけで作るのではなく、部門を巻き込んで部門内のグローバルプロジェクトとして作り上げました。研修の受講者がマトリックス組織でのリーダーシップを学ぶだけでなく、プロジェクトそのものがマトリックス組織でのリーダーシップを発揮する場となるようにしたのです。

 4つある地域から2つの地域の部門長をプロジェクトオーナーとし、欧州と南米から優秀なリーダーを一人ずつプロジェクトリーダーに任命して、人事がサポートし部門主導で研修を作り上げるプロジェクトを進めました。こうすることで部門の、それも各地域の課題が反映されたアイデアをたくさん採り入れることができました。

 人事だけではできないリーダーシップ研修が可能になっただけでなく、この研修作成プロジェクトとグローバルリーダーシップ研修の実施を通じ、地域を超えて連携する機会が増え、グローバル連携の組織風土も少し醸成されたように思います。

 これまでにも、日本と海外におけるビジネス慣行のスピードの違いの話をしましたが、人事でも同じです。武田薬品のときに、米国の人事から「ノーレーティング(No Ratings)」を取り入れたいとの相談がありました。ノーレーティングとは、評価は行いつつもA、B、C…のような評価記号をつけない手法のことですが、昇給や賞与には評価に基づき差をつけるので、上司には高いフィードバックスキルが求められます。

 相談があったのは8月。早々に人事のシニアリーダーで検討を重ね、11月に米国とトライアルをすることを承認しました。日本人の私は次年度からトライアルをすると思っていたのですが、米国の人事は年度の途中にもかかわらず、11月から変更したのです。評価制度としては大きな変更なので、年度の途中での変更は不可能と日本人は考えますが、米国人は良いアイデアはすぐトライします。

 ノーレーティングにはフィードバックが重要ということもあり、米国ではトライアルするにあたり、1on1のレベルを高め、業務だけではなく、フィードバックとキャリア面談をより強化した「クオリティーカンバセーション」を導入しました。トライアルの前後で実施したアンケート結果では、ほぼすべての質問項目で上司・部下とも改善されており、翌年には米国で正式導入されました。

 ノーレーティングにはメリットもデメリットもあるため、人事としては全社導入ではなく、各部門が自部門の組織で機能するか判断して導入を決定するとしました。ただし、クオリティーカンバセーションの評価は非常に高く、グローバルに導入することを決定しました。米国での成功も、このクオリティーカンバセーションによるところが大きいと思います。

 米グーグルのイノベーションの9つの原則の一つに「小さくスタートし賢く失敗せよ」というのがあります。武田薬品のノーレーティングは、米国のHRBPが始めて多くの組織に展開されたものの、グローバルでの導入にはなりませんでした。しかし、米国がトライアルしたことでクオリティーカンバセーションというレベルの高い1on1を生み出し、グローバル導入となりました。評価制度をグローバル統一の制度として本社だけで考えていたのでは、ノーレーティングもクオリティーカンバセーションも生まれていなかったと思います。