4回レイオフされたがそのたびに年俸は上がった

Q:須藤さんが2006年にIPLocksへ来てくれた当初は開発したソフトウエアを世界各国で使えるようにするローカリゼーションの仕事をお願いしました。英語で表示される操作画面を日本語表示に直したり、マニュアルを日本語に訳したりする仕事でしたね。ただ、途中からテクニカルライティングをするようになった。

A:はい、そうでした。日本語ができるローカリゼーションスペシャリストの募集広告が新聞に出ていたのを見つけ、応募しました。1994年からシリコンバレーで仕事を始めてソフトウエア会社2社で日本語化の仕事をした経験がありましたので。IPLocksでは翻訳だけではなく、できあがったソフトウエア製品のテストもやりました。

 たまたま先にいたテクニカルライターの方が退職することになり、坂本さんから「やってみる?」とチャンスをもらい、テクニカルライティングの仕事に移りました。エンジニアが書いた仕様書や説明書を読んで製品の機能を理解し、それを一般の利用者が分かる英文に書き直す仕事です。同じように日本語化の仕事も続けました。

 テクニカルライティングのスキルを身に付けられたのは私にとって大きなことでした。グーグルに入れたのはまさにそのスキルがあったからです。機会を与えてもらったことを感謝しています。

Q:1994年からというと25年間、シリコンバレーで仕事をされたわけですね。グーグルでの仕事を最後に日本へ戻ってこられた。シリコンバレー時代の経験を踏まえて日本の人たちに伝えたいことはありますか。

A:今はリタイアしており何かを語る立場ではないのですが、あえて申し上げるなら2点あります。まず、「私を求めているポジションは必ずどこかにある」ということですね。

 実は私、25年間で5社に勤めましたが転職した理由はいずれもレイオフされたからでした。つまり4回もレイオフされたわけです。本社を移転する、オフィスを縮小する、会社を売却する、事業を見直す、といった理由でした。

Q:私がIPLocksをセキュリティ大手の会社に売却したときが3回目のレイオフですね。

A:はい。でも売却先の会社にほとんどの社員は採用してもらえましたので。

Q:一般論としてシリコンバレーでレイオフは日常茶飯事ですよね。ある事業をたたむ場合、そこにいた人はほぼ全員レイオフになります。社内の別な事業部門に人を移す、ということはまずしませんから。

A:レイオフを4回経験しました、と話すと日本の会社にいる人はぎょっとするかもしれませんが、そのたびに次の職場を見つけることができ、年収は上がり続けました。

 今の日本で転職の機会がどれほどあるのか、よく分かっていませんけれども、何らかの理由でいったん職を失っても、それで終わりということはなく、次のポジションがどこかにある、と考えるとよいのでないでしょうか。