【概要】 心理的安全性とは、メンバーが気兼ねなく意見を述べることができ、自分らしくいられる組織文化を指す。心理的に安全だと思えない環境では、対人関係を悪化させるリスクを恐れてメンバーが沈黙し、重要な情報が共有されないなどの問題が生じる。心理的安全性が確保されている組織はそうでない組織と比較し、イノベーションが生まれやすく、業績も上がるといった研究結果がある。

 「上司の指示に沿って仕事を進めると、トラブルが生まれる可能性がある。でも変更を進言するとうるさがられたり、“本当にトラブルになるのか”と詰められたりするかもしれない。自分の損になるから、言い出さずにおこう」――。対人関係のリスクを恐れて、重要な情報を発信せずに傍観してしまう。こんな経験のある人は少なくないだろう。「心理的安全性」がある組織文化では、こうした不安がなく、思ったことを率直に発言できる。

 心理的安全性に関する研究は1960年代から進められてきたが、米ハーバード・ビジネススクールのエイミー・C・エドモンドソン教授が『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』(英治出版、2021年)がベストセラーとなったことで改めて注目を浴びている。

 部下に対し、指示通りに働くことを課し、「できなかったらクビだ」などと不安を与えるマネジメントは、単位時間当たりの生産量を伸ばすことが重視される工業社会では有効に働くこともあった。しかし知的労働が主流となり、変化が激しく先が読めないVUCA(変動性・不確実性・複雑性・曖昧性)の時代にあっては、特定のリーダーの指示命令に従うのではなく、メンバー一人ひとりの知識や経験を共有して変化に対応していく必要がある。そうした協働を行っていくうえでは心理的安全性の確保が欠かせない。

効果 エンゲージメントが上がりイノベーションを創出

 エドモントン教授の著書では、米グーグルが「最高のチームをつくる要因」を研究した「プロジェクト・アリストテレス」を取り上げている。5つの成功因子のうち、心理的安全性の重要性は群を抜いているという結論に達した。

 同著では、台湾のテクノロジー企業の研究開発チームの245人の調査データも取り上げている。心理的に安全なチームのほうが、パフォーマンスが高いことが明らかになった。またいくつかの研究結果では、心理的安全性が確保された組織では従業員エンゲージメントも高いという結果が得られた。

事例「面白くない」ところを監督に直言

 エドモントン教授は心理的安全性がある職場としてアニメーション制作会社の米ピクサーを挙げている。同社では監督とストーリーづくりに関わるメンバーが、直近につくられたシーンを一緒に観て、ランチをともにし、面白いと思うところと思わないところについて監督にフィードバックしている。「フィードバックする際には建設的に、個人ではなくプロジェクトについて意見を述べる」「監督は批判に対して過敏にならず事実を告げる声に喜んで耳を傾ける」「フィードバックは“あら探しして恥をかかせること”ではなく、共感の観点から行う」といったルールが定められている。

 逆に心理的安全性が担保されなかったために、価値が大きく毀損した企業として独フォルクスワーゲンを挙げている。同社は2000年代にクリーン・ディーゼル・エンジンの排ガス検査における不正が発覚し、社長辞任を余儀なくされた。この背景には「不安と脅しによって業績を上げる恐怖支配と文化があった」とエドモントン教授は指摘している。

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