YKKグループは2021年4月から定年制を撤廃。本人に働きたい意思があれば何歳までも働けるようにした。シニア社員の技術継承を円滑に行うことに加え、年齢や性別などあらゆる制限を撤廃したダイバーシティ経営の実現を狙う。

(写真:123RF)

 ファスナーや建材の製造販売大手YKKグループ(東京・千代田)は2021年4月から定年を撤廃し、社員が退職時期を自分で決められるようにした。国内の約1万8000人の社員を対象とする。

 70歳までの就労機会確保を企業の努力義務とする「高年齢者雇用安定法」が2021年4月に施行され、多くの企業が「70歳定年」の実現を現実の課題として取り組み始めている。YKKグループの定年撤廃はこうした法改正の動きに対応したものと受け取られがちだが、実はその構想は9年前に既に打ち出されていた。

 定年撤廃を発表したのは2021年3月に開催したYKKグループ経営方針説明会。2012年3月の同じ場で、当時60歳だった定年を65歳まで延長することを発表した。その際、当時代表取締役会長CEOを務めていた𠮷田忠裕氏は「65歳定年は通過点。将来的には定年制の廃止も視野に入れる」ことを言明していた。この「予言」を9年後に実現した格好だ。

「キャリアは自分で決める」、意識改革に注力

 同社が定年を撤廃した理由は大きく二つある。一つはシニア社員の技術力をより長く活用することだ。現在72カ国/地域で事業を行い、海外に89社のグループ企業を展開する同社は、製造機械を内製している。製造/開発拠点のある富山県黒部市を「技術の総本山」と位置づけて、世界中の技術者が学ぶ環境を整えている。若手への技術承継は長年の課題となっており、定年を撤廃することは年齢による時間的な制限を緩め、より確実に技術承継を進められることにもつながる。

 もう一つの理由は、退職の時期も含め自分のキャリアを自律的に設計する意識改革を促すことにある。創業者である𠮷田忠雄氏はかつて社員に対し、「森林集団となれ」と伝えた。森林集団とは、「若い木も経験を積んだ木も、背が高い木も低い木も、それぞれの木が個性を活かして自律的に成長すれば、組織は森林のように活力にあふれ社会に貢献できる」というものだ。2021年3月に発表した新人事制度ではこの思想に基づき、「一人ひとりが自らの人生を自ら考え、行動する」という社員像を描き、定年撤廃もそれを実現する1つのパーツと位置付けられている。

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 このため、2011年から「働き方”変革への挑戦”プロジェクト」を推進。「テレワークや時短といった働き方改革のみならず、『社員一人一人が自分の意志で働き方を考えていこう』という個人の意識改革を促すもの。一方で会社は、役割を軸とし、年齢・性別・学歴・国籍にとらわれない、真に『公正』な人事制度を検討し、評価制度や研修などの施策を積み上げてきた」とYKK経営企画室広報グループの井深緑グループ長は話す。

 さらに2015年の北陸新幹線開業もあり、東京の本社機能の一部を黒部市に移転させた。地元出身の社員が東京への出張を組み合わせながら地元で働けるようにするなど、場所にとらわれない働き方を実現した。コロナ禍でテレワークが主体となるなか、本社を地方に移転する企業も増えているが、そうした動きを先取りしていたともいえそうだ。

若手のモチベーション阻害を懸念

 定年撤廃によってシニア活用が進む一方で、懸念されるのは若手のモチベーションだ。いつまでも重鎮が働き続けて若手にポストが回ってこない、「上が重い」組織の弊害も生じる。YKKグループの年代別社員構成比は20~50代が約20%ずつで偏りがない。60代は再雇用を含まない正社員だけで約5~6%を占め、その1~2割が管理職に就いているという。今後5年間に60代を迎える社員は800人に上る。「いつまでも重鎮がいて、若手にポストが回ってきにくくなり、モチベーションが上がらないというリスクがあることは認識している。年齢にかかわらず適材適所の配置ができるようにしていく」(YKK経営企画室広報グループ広報業務推進リーダーの松倉優貴氏)。

 一方で、60代以上の社員がどれくらい働き続けるかについてはまだ見えていないところもある。2013年に定年を65歳まで延長したものの、これまでの社員の最高齢は63歳で、定年まで働いた実例はまだない。「人事評価も年齢に関係なく公正に行うので、場合によっては、降格となることもある」(井深グループ長)。こうした現状なので、定年を撤廃してもすぐに65歳以上の社員が増えるわけではないが、「退職時期も自分で決められる」というキャリア自律を徹底することを重視する。

 今後は64歳までに何度か面談をして65歳以降の働き方や職務を決めていく。面談の回数など制度の詳細は検討中で、上長のほかキャリア支援の専門スタッフとも面談し、65歳以降も今の仕事を継続していくか、なんらかのキャリアチェンジをするかなどを検討する。