サステナブルな企業の成長を目指し、「人的資本」の拡充を図る企業が増えている。長年多くのCHO(人事最高責任者)と接してきた著者が、独自に人的資本経営の要件を定義。企業の人事改革の取り組みのなかで、これらの人的資本経営のポイントがどう生かされているかを探っていく。第1回は戦略ポジションへの最適人財配置に挑むブリヂストンを取り上げる。

 「人的資本経営」とは、働く一人ひとりのタレントと多様性を活かす仕組みづくり(人的資本の情報開示義務化に向け、最終的には見える化、KPI化も実現)を通じて、経営・事業戦略を実現し、企業のサステナビリティを高めることである。人的資本経営のポイント(仕組みづくり)として、私は以下が重要となると考えている。

1.経営戦略と人事戦略を連動させる
企業のキーポジションを定義し、それに合わせた報酬制度(ジョブ型など)を構築する
2.健全、公正、信頼の土台を築く
透明性・公開性、コーポレートガバナンス体制の在り方などをリーダーが社内外に同時発信する
3.「人材こそが価値を生み出す」という信念を形にして発信する
働く人と組織に関するフィロソフィーとあるべき姿を設定し、会社が求める人材を明確にする
4.人的投資ポリシーを明確にする
人への投資方法(タフアサイメント、他流試合、研修など)と投資基準(事業責任者推薦、人事アセスメント、自薦など)を明確にする
5.働く環境に投資する
心理的安全性を担保して参加意欲を高め、場所や時間にとらわれない働き方のインフラを構築する
6.リーダー人材を見える化する
市場価値高いリーダーの存在を明示(スキルマップなどを活用)したうえで、社員が市場価値を高めるためのスキルギャップとその埋め方を明らかにする

 この連載では、企業の人事改革の取り組みのなかで、これらの人的資本経営のポイントがどう生かされているかを探っていく。初回のポイントは1.「経営戦略と人事戦略を連動させる」ということだ。当たり前のようだが、実際にできている企業はそう多くない。中期経営戦略を作って今後の重点事業を絞り込んでも、それをそのまま人材戦略や要員計画などに反映していない企業が多いのではないだろうか。経営戦略と人事戦略が別物として動いているのだ。

 今回取り上げるブリヂストンは、中長期の戦略から重点事業を特定。人材を「人財」と定義し、そのキーポジションに最適な人財を科学的に選び出す取り組みをしている。そのキーパーソンとなるのが、三菱ふそうトラック・バスやサトーホールディングスで人事責任者を歴任し、2020年12月にブリヂストンに転じた江上茂樹人財マッチング企画・推進部門長だ。

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江上 茂樹(えがみ しげき)氏:1995年東京大学経済学部卒業後、三菱自動車工業入社。川崎工場の人事・労務部門に配属。2003年のトラック・バス部門分社に伴い、三菱ふそうトラック・バスへ移籍し、人事・採用・教育を担当。途中、CEOアシスタントや開発本部開発管理部長などを経て、2010年人事担当常務人事・総務本部長。独ダイムラー傘下となった同社の人事制度のグローバルスタンダードへの転換を図った。2015年11月サトーホールディングス入社、執行役員最高人財責任者(CHRO)兼北上事業所長などを歴任し、海外を含めた人事制度の最適化や北上事業所の新建屋建設を推進した。2020年12月にブリヂストンに入社し、2021年4月より人財マッチング企画・推進部門長。(写真:菊池くらげ)

「創って売る」タイヤ事業の強みを活かし、ソリューションへ進化

 2020年、同社は2050年を見据えた「中長期事業戦略構想」を発表した。タイヤ・ゴム大手として世界にブランドを浸透させてきたが、ITを活用した新しい移動の概念「MaaS(モビリティ・アズ・ア・サービス)」が注目を浴びるなか、2050年に向けてのビジョン「サステナブルなソリューションカンパニーとして社会価値・顧客価値を持続的に提供している会社へ」を打ち出した。タイヤを創って売る「タイヤ事業」をコア事業に、タイヤデータやモビリティデータを活用し、顧客や社会の困りごとを解決するソリューション事業を成長事業に位置づけた。さらに新事業を模索する探索事業を加え、3つの事業ポートフォリオからなる独自のビジネスモデルを構築。成長事業としては、顧客が使用したタイヤのすり減ったトレッド部分を張り替え、再び使用可能になったタイヤを届ける「リトレッドサービス」などが既に事業化されている。

 「コア事業と成長・探索事業では、組織の在り方だけでなく求める人財や働き方も変わる。それぞれの事業に即した人事、組織の体系を作り、適任者をアサインして、頑張る人を応援するのがブリヂストン流のHRX(人事トランスフォーメーション)だ」と江上部門長は話す。特に、成長・探索事業における戦略ポジションへの人財のアサインメントが、重要な経営課題の一つとして認識されるようになっていた。

 このために同社は2つの仕組みを導入した。1つはオープンポスティング制度。従来から社内公募は行っていたが、2021年に成長・探索事業に力点をおいた制度を新設した。もう1つはジョブマッチング制度。新しい場でチャレンジ・成長したい社員が自らデータベースに登録し、人事部門が戦略ポジションとの「マッチング」を行って、候補者にその仕事をオファーするものだ。

 個人の希望を優先するオープンポスティングに対し、ジョブマッチングでは、本人が希望していなくても、経歴やスキルが新ポストに向いている人財がいればマッチングできる。2つの制度を併用することで「成長・探索事業の戦略ポジションと人の組み合わせの最適化」の実現を目指している。

 しかし運用を開始するとジョブマッチングは難航。制度のスタート時には約200人がデータベースに登録し、約20ポストの募集依頼があったが、2021年3月時点で成立にたどりついたのは3件にとどまった。「マッチングしようとしても適性のある社員がなかなか見つからなかったという面もあるが、いざマッチングで候補者が見つかっても、当人がそのポストを辞退することもあった」と江上部門長は振り返る。

 その背景には、登録者数が約200人と限られていることに加えて、ポストと人財の適合性を「人手」で判断することの限界があった。ジョブマッチング制度では、社員がデータベースに登録した経歴やスキルなどのプロフィールデータと、人財を募集するポストのジョブディスクリプションを、人事部門が読み込んで組み合わせを考える。しかし全員のプロフィールと全ポストのジョブディスクリプションを読み込み、最適解を検討するのは想定以上にタフな作業で、かつ、人間というフィルターを介するため、適任者を見つけきれない可能性もあった。このためマッチングしても「自分はこんな仕事はしたくない」「うちの部署で欲しいのはこういう人ではない」というアンマッチが起こってしまうケースもあり、「戦略ポジションにマッチする人財をアサインする」という事業戦略実現のための第一歩がなかなか踏み出せない。結果として、新たなチャレンジを志向する社員にとっても、戦略を実現したい部門にとっても、閉塞感のある状況が続いてしまっていた。