企業価値向上に不可欠な「戦略的人材ポートフォリオ」。ただし、単に人材をタイプ分けしてマトリックスをプロットするだけでは実効性ある人事施策に結び付かない。「求める人材要件のスペックを具体的に落とし込む必要がある」とオリックス生命の石田雅彦執行役員は指南する。

 SDGs(持続可能な開発目標)への関心が高まる中、人材をコストではなく資本として位置づけ、企業価値の向上に結び付けようとする人的資本の考え方も徐々に広まってきたと痛感する。今回は『企業価値を高める組織・人材マネジメントの思考と実践』(きんざい)の著者であるオリックス生命保険執行役員(人事・総務本部管掌)の石田雅彦氏に「企業価値を高める」人事の在り方についてお話いただいた。私(須東)が考える人的資本経営のポイント(仕組みづくり) の中では、以下の2つのポイントと特に関連が深いと考える。企業価値の向上に人事が貢献するために果たすべきことを改めて考える機会となった。

1.経営戦略と人事戦略を連動させる
企業のキーポジションを定義し、それに合わせた報酬制度(ジョブ型など)を構築する
3.「人材こそが価値を生み出す」という信念を形にして発信する
働く人と組織に関するフィロソフィーとあるべき姿を設定し、会社が求める人材を明確にする

石田雅彦(いしだ まさひこ)氏 オリックス生命保険株式会社 執行役員(人事・総務本部管掌) 
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石田雅彦(いしだ まさひこ)氏 オリックス生命保険株式会社 執行役員(人事・総務本部管掌) 
1986年東京大学法学部卒。日本長期信用銀行(現・新生銀行)を振り出しに、ウォーバーグ・ディロン・リード証券(現・UBS証券)、日本興業銀行/みずほコーポレート銀行、GEエジソン生命保険/AIGエジソン生命保険(現・ジブラルタ生命保険)、アメリカン・インシュアランス・カンパニー/メットライフ生命保険、みずほ証券で通算約25年人事業務全般を経験。エジソン生命では執行役員経営企画本部長兼人事部長、メットライフで執行役員人事担当。みずほ証券で業務監査部長、グローバル人事副ヘッド等を歴任。2021年1月より現職(写真提供:オリックス生命保険)

最重要テーマは「戦略的人材ポートフォリオの実現」

 企業価値向上には3つの課題があります。「戦略的人材ポートフォリオの実現」「人的リスクの適切な管理」「ダイバーシティ経営・健康経営」です。その中でも今、最も重要なのは「戦略的人材ポートフォリオの実現」であり、他の二つは「戦略的人材ポートフォリオ実現」のための手段という面があります。

 「人材ポートフォリオ」と言うと、例えば、マネジメント人材とかオペレーター人材といったタイプ別のマトリックスをつくり、それに当てはまる人材をプロットしていくイメージが一般的かもしれません。しかしながら、私としては、その整理だけだと具体的な打ち手には結び付かないのではないかと考えています。

 今後の戦略実現のため、どのような人材をどこに配置する必要があるか全社的に洗い出し、求められる人材の質と数の「あるべき姿」と現実のギャップを明確にする。 一方で、戦略の変化やAI(人工知能)やRPA(ロボティクス・プロセス・オートメーション)の導入などによって社員配置が不要になった、あるいは配置する社員数を減らしてよくなった業務領域があれば、そこでの余剰人数を明確化する。これによって全社的に浮き彫りになったギャップを補填・解消するため、採用・異動・育成の打ち手を具体的に実施していく。このような仕組みを構築し、動かすことが重要と考えています。  

 求める人材要件(専門性・能力・経験等)のスペックを具体的に落とし込んでいかないと、実効性ある人事施策に結びつきません。これらを定義するのはそれなりに大変ですが、例えば、IT関連の専門性については業界の標準レベルとして経済産業省が定めている「ITSS(ITスキル標準)」がありますので、これを使うのも一案ではないかと思います。システムプロジェクトマネジャーとかアプリケーションデザイナー等の職務区分ごとに、7段階のスキルレベルのうち『レベル5』に相当するスキルを持つ人材を何人確保する必要がある」といったイメージです。会社全体の戦略分野それぞれについて、このような専門性だけでなく能力、経験等も加えた人材要件を定義して人材のAs-Is (現状の姿)とTo-Be(あるべき姿)のギャップを見える化し、そのギャップを解消していきます。これが私の考える「戦略的人材ポートフォリオの実現」です。

 一方で、必要な人材ポートフォリオを実現していくためには、社員一人ひとりが自律的、能動的に専門性や能力を高めていく必要があります。そのために最も重要なのが、上司の部下に対するマネジメントです。経営や人事がいくら頑張っても、現場のマネージャーがきちんと部下を見て、部下の想いを聞き、成長をサポートしてくれないとどうしようもありません。マネジメント教育が人材ポートフォリオの実現のカギであり、力を入れていく必要があります。このように考え、当社においては、今年、マネージャー全員に対し傾聴とフィードバックの研修をオンラインで実施しました。また、プロになるためにどういう専門知識や業務経験が必要かを示したモデルキャリアパス、あるいは各領域で活躍している社員が日頃の仕事内容やキャリアの考え方を語る動画の配信といったキャリア形成支援策も整備しつつあります。

 人材ポートフォリオの枠組みの構築、社員の能力・専門性向上、マネジメントの強化の3つを同時並行的に進めていくことが重要であり、何かができても何かが欠けていると成り立ちません。3つがバランスして初めて戦略的人材ポートフォリオが実現できるものと思っています。