正しく、理にかなっているはずの変革が受け入れられないことは世の常。だが社会の全体の変化に歩を合わせれば想像以上にスムーズに進むことも。その好例がセクハラ、パワハラへの対応だ。今、厳しく問われているあの言動やこの行動も、10年前にはスルーされていた。

(写真:123RF)

 第1章では、本格的な戦闘に入る前に、現状を整理しこれから10年間に起きる一番大きな人事・雇用面での変化について書くことにいたします。  

 前著『人事の組み立て』では、社会と雇用は切っても切れない関係であり、軽々に「欧米型雇用システム」など導入できないことを繰り返し書いてまいりました。一方で、社会の全体の変化に合った時宜を得た雇用改革は、想像以上にスムーズに進みます。  

 たとえば2015年以降の5年余りの間に、働く風景は大きく変わったことに気づいていますか?直近のコロナ禍でリモートワークやDXが進んだことも一因ですが、それ以上に働き方全体が、かつての日本企業の宿痾(しゅくあ)を取り除く方向にどんどん動いているのです。

あの森発言もちょっと前ならスルーされていた

 

 すぐに思い浮かぶのは、セクハラ、パワハラです。10年前まではごく普通に見られた発言・行動が、今では厳しく問われています。2021年2月には、五輪組織委員会元会長の森喜朗氏の「女性は話が長い」発言が炎上し、辞任に追い込まれました。でもかつては、その異常さにも気づかないほど、社会は鈍感だったのです。    

 森氏は2007年にも新幹線の栗東駅新設を反対する滋賀県の嘉田由紀子知事(当時)に対して「女の人だなぁ、視野が狭い」と発言したことがあります。当時もそれはニュースになりましたが、氏が公職を追われることはありませんでした。  

 昨今使われる「女性活躍」という言葉も、2010年代前半までは「女性活用」でした。活用って物や動物じゃあるまいし、女性たちからしたら、何と「上から目線」な言葉でしょうか。  

 慰安婦問題でオバマ政権を通して日本に譲歩を迫る韓国の朴槿恵政権に対して、「女学生の告げ口外交」と揶揄した野党有力者もいました。本当に隔世の感がありますよね。  

 少し趣は変わりますが、家庭と仕事のバランスなども大きく変化しています。その昔は、子供の卒業式に会社を休んで出席することなど許されませんでしたが、今ではそれも普通になりつつあります。授業参観も、かつては会社が休みの土日にするのが当たり前でしたが、昨今では平日に自由参観できたり、給食を一緒に食べたりできるようになってきました。  

 戦後、なかなか変わらずに定着していた慣行が、なぜこんな短期間にそこそこ大きく変わったのでしょうか。