9月29日の投開票が迫る自民党総裁選。候補討論では「年金問題」が重要なテーマとなり、独自の改革案を唱えた河野太郎氏に注目が集まった。実は年金にも詳しい海老原さん、「一見もっともらしく見えるが、過去30年の論争で跡形もなく敗れ去ってきたことばかり」と喝破する。

(写真:123RF)
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 いやあ、河野太郎さんには失望しました。有言実行の硬骨漢と期待していたのですが……。

死屍累々の「河野型」改革案

 ここのところ、自民党総裁選の候補討論では年金問題が主テーマになっています。河野さんの主張は、「このままでは現役世代の負担が増える」「高齢者の年金が減額される」から「基礎年金は全額税(消費税)方式」にし、「将来的には積立方式へ」というものです。

 主張自体は一見もっともらしく見えるのですが、全て過去30年の論争で跡形もなく敗れ去ってきたことばかりです。

 年金に詳しくない門外漢、とりわけ政策や数字に明るい経済学者(有名どころでは野口悠紀雄さんとか)がよく、同様の主張をなされます。その嚆矢となるのが、一橋大学名誉教授の高山憲之先生でしょう。1980年代から現行方式を批判し、積立方式への転換を訴えましたが、やがて宗旨替えし、逆に「今の方式は正しい」と擁護者となっています。

 2009年に政権を獲った時の旧民主党も、河野さんとよく似た主張をしていましたが、政権奪取後に白旗を上げました。まさに死屍累々でしょう。

積立方式には数々の欠点がある

 さて、河野さんの持論のどこがまちがっているかに入る前に、年金制度の初歩である「積立方式」と「賦課方式」について説明しておきます。

 積立方式とは、自分(の年代の人たち)が年金保険料を現役時代に積み立てて、40年後に自分らで使う、というもの。賦課方式は、今の現役世代の年金保険料は、今の高齢世代の年金支払いにあてがうというもの。

 賦課方式を問題視する人は、「現役世代の人口が減り、高齢者とのバランスが崩れれば、年金料率がどんどん上がって負担が大きくなる」と言います。そして、「積立方式なら、自分で貯めたものを自分で使うのだから、少子化の影響などない。だからこの方式に変えよう!」というわけです。正確に年金理論を学ぶと、この話自体が間違いなのですが、少し難しいので、ここで は、積立方式の問題点を書くことにします(興味ある人は、ネットで「アウトプット イズ セントラル」という言葉をググってみてください)。

1.40年間も積み立ている間にインフレや恐慌などがあり、貨幣価値が保たれるか分からない。また運用にコストがかかる。一方、賦課方式は「現時点決済」だからこうした不安はない。

 この話は非常によく知られています。だから、現行方式批判論者も「その点は分かるが、それでも賦課方式よりは良い」と主張するのです。ただ、この先に書くような話はどうでしょう。

2.国民年金が開始されたのは1961年。この時すでに高齢者、もしくは熟年になっていた人は、積み立てゼロ、もしくは積み立て不足となってしまいます。彼らには年金は支払わなくていいのでしょうか?もし彼らに年金を支払うなら、その原資はどうしますか?
3.国民年金が開始された年の男性の平均寿命は70歳程度です。年金積み立ては当然、70歳までの生計費分になるでしょう。ただ、この年、20歳だった人が年金受給者になるころ(2006年)には寿命が10歳程度伸びています。彼らは70歳までの積み立てしかしていないので、その後はどうすればよいのでしょう?
4.1960年まで自営業者や中小企業の従業員は無年金でした。もし、そこから積立方式を始めるとすると、いきなり、高額な年金料を拠出しなければならなくなります。それは忌避感を持つ人が多く、受け入れられないでしょう。

 少し補足しておきます。2.は「二重の負担」と呼ばれます。積立方式を始めると、自分の分と今の高齢者の分、両方の年金保険料を支払わなければならないからそう呼びます。これは河野さんが主張する「将来、積立方式に変える」ときも同じことが起こるでしょう。その時点では、今まで支払った年金年金保険料は原則「今の高齢者」の年金原資に使われてしまっており、余剰金のみが積み立てられた状態です。当然、それでは「自分の将来受給する分」には足りません。とすると、今の高齢者と、今後の自分のためと、やはり二重の負担が起きます。

 賦課方式だと、この1~4の問題が全てクリアされます。だから、人口5000万人を超える大国では、原則、賦課方式が取られてきました。