履歴書、エントリーシート、面談。どこの会社でも使う、採用の「三種の神器」を使うだけでは人材獲得競争に勝てない。賢い会社は「他社と異なり、応募者が喜ぶ」手法を編み出している。1例が「BBQ採用」だ。

(写真:123RF)
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 採用とは「無手勝流」――勝つためには常識なんて関係ない。そして手段も選ばず。ただ一つ守るのは、お客様(応募者)が喜ぶことをする――。前回は本作戦の骨子をこんな風に示しました。今回は、その具体事例を書いていくことにいたします。

なぜ、採用三種の神器を使い続けるの?

 最初に、質問です。

 皆さんは新卒採用を行う時に、どんなツール、どんな手法を用いますか?こう聞けば、色々と自社なりの工夫を語る人が多々いるでしょう。ただ、多くの企業では以下の3つを使っているのではありませんか?

1. 履歴書
2. エントリーシート(以下ES、応募趣意書、自己PRなどもこれに含める)
3. 面接

 しごく常識的な話で、ここに疑問を挟む余地はないかに思われます。ただ、私はあえて聞きたい。まず、履歴書って本当に必要ですか?大手就職ナビ経由でもハローワーク経由でも、求職者の在籍校・専攻・生年月日などは分かります。

 社会人や理系学生であれば、専攻・論文などが分かるに越したことはありません。でも、人数の多い文系学生の専攻や論文まで、本当に皆さん、見ています?大学・学部さえわかればそれで良しとしているのが、正直なところじゃないでしょうか。にもかかわらず、特技の欄まで設けられ、学生は記入にてこずり、企業の人事部は「歌も上手」などどうでもいい情報の扱いに困るのです。

 ESはどうでしょうか?志望動機や強みを伝え、企業にとっては応募者の文章力を判断するツールにもなると言われますが、そもそも皆さんの会社で仕事ができる営業スタッフに文章のうまい人はどれくらいいますか?文章力と、営業力や仕事力はあまり関係ない気もしませんか?逆に「文章だけうまくて、人間関係を築く力がない」という人こそ、育成が難しいでしょう。

 最後に面接。「採用するのだから、人となりをよく見るために面接は必須だろう」。そんな文句が聞こえてきそうです。ただ、ここでも考えてほしいのです。人柄を知りたいなら、普段のざっくばらんな付き合いで、たとえばお酒を酌み交わしながらゆっくり話す方がいいのではないでしょうか。気慣れぬスーツを着て、片言のビジネス言葉で、冷や汗垂らしながら短時間話すという「面接」という行為では、応募者の人間性が見えないし、採用側の文化や価値観も伝えられないのではありませんか?

最終面接をやめた敏腕社長

 あれあれあれ、だとするとなぜ、多くの企業はこの「採用三種の神器」に縛られているのでしょうか。三種の神器により実現されることは以下の3つでしょう。

1. 保存の利便性向上
2. 比較の利便性向上
3. 分業の利便性向上

 これは多数の応募者に短期間で対処せねばならない大手人気企業だからこそ必要になる慣行であり、100人程度の応募者を選考するくらいの企業であれば、必要性は高くありません。つまり、「大手が作った常識をありがたくデファクトにいただいている」状態と言えるでしょう。

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 すみません、つい、こんな挑戦的な書き方をしてしまいました。

 実は私も、30年以上前、まだ駆け出しの就職情報誌記者だったころ、ある中小企業の若き社長にそう言われて、頭をガツーンと殴られたような思いをしたことがあるのです。首都圏のあまい便の良くない地域にある独立系ソフトウェア会社。従業員は20人。仮にA社としましょう。当時も今もIT人材は貴重であり、立地・規模的に採用には難渋して当然の企業です。

 ただ、アイデアマンで、まるで未来から来たようなことばかり話すB社長は、意気軒高で地元商工会でも若きリーダーを張っていました。

 「今は通販ってさ、重たい雑誌を送ってくるだろ。それが、CD1枚郵送されてきて、それをパソコンに入れると好きなものを買えるようになるから」

 「その先には、パソコンをコンセントにつなぐと、画面に映ったもの、何でも買える時代が来るぞ」

 こんな話を訪問の度に語ってくれましたが、それから10年もせず、全て実現しちゃいましたね。今思うと慧眼(けいがん)の至りです。

 B社長はこういうのです。

 「俺、面接やめちゃったんだ。あ、いや、1次面接は人事がやるよ。そうじゃなくて俺がやる最終面接は無し!