「人生100年時代を学び直しで生き抜く」――。こんなキャッチフレーズのもと、リスキリングが注目を浴びている。個人のキャリアにとっても、企業の人材確保のうえでも有効なはずだが、個人が描くキャリアパスを会社側が受け入れる準備は整っているのだろうか。

(イラスト:RF123)
(イラスト:RF123)

 2022年5月、訪英した岸田文雄首相がロンドンの金融街シティーで行った投資家向けの講演で人への投資を伸ばすことを強調。なかでも「リスキリングに力を入れる」と語ったことが、話題になっている。企業にとってもリスキリングは関心の高いテーマだ。既存事業を縮小し、今後成長が見込まれる新規事業に軸足を移すといった事業の構造転換を図るなら、新事業で必要とされるスキルを持つ人材が欠かせない。外部からの調達で足りなければ、社内人材を再教育するしかない。

 社員の側も、リスキリングの意欲は高まっている。ビズリーチが2021年11月に発表した調査では、将来的に新たなスキルを身に付ける必要性を感じているビジネスパーソンは93.1%に上り、既にリスキリングに取り組んでいる人は54.8%を占めたという。

スキルを磨いても活かす場がない

 学び直しに意欲を燃やすビジネスパーソンが増え、会社もそれを後押しする。リスキリングの「入り口」の環境は整ってきたように見える。

 では「出口」はどうか。リスキリングで獲得したスキルや知識を活かせる部署に異動し、新たな職務でスタートを切る。ここまでの道筋が明確になっていてこそ、社員のリスキリングへのモチベーションが上がるはずだ。

 会社主導の取り組みならこうした道筋もあらかじめ描かれているだろう。例えば会社が提供するデータ分析研修を受講した社員を、データサイエンティスト(の卵)としてデジタル部門に配属するというキャリアパスを確立するという具合だ。

 だが個人で「やりたいこと」を定め、自己研さんした場合の出口はどうか。キャリアカウンセラーなどを抱える会社は別として、多くの場合、社員の窓口は上司になる。例えば優秀な営業担当者から「データサイエンティストになりたくて、自費で学び、統計検定2級を取った。ぜひデジタル部門に異動させてほしい」と相談を受けた営業部門の上司が、その願いをすんなりと聞き入れ、異動させるだろうか。「今君に抜けられると困る。もうしばらくこの部署で頑張って営業成績を上げ、空いた時間で営業データ分析に携わってみたらどうか」などと言う人が少なくないのではないだろうか。

 こうした「出口」の問題はリスキリングに限らない。ジョブ型雇用にせよ、副業・兼業にせよ、「ビジョンを描き、専門性を養ってキャリア自律せよ」と会社が呼び掛けたところで、それに見合う配置や待遇を会社が提供する仕組みが整ってしまえば、まじめに自己研さんする社員ほどばからしく感じて、会社を去ってしまうだろう。

サイバーエージェントでは社内ヘッドハンターが活躍

 社員のキャリア自律に本腰を入れる企業では、出口問題を解決する取り組みも始まっている。2020年からジョブ型雇用を導入する富士通では、社員が就きたいポジションに手を挙げる「社内ポスティング」を大々的に導入。2021年度は4100ポストが公募の対象となり、6700人が応募した。

 サイバーエージェントには「キャリアエージェント」という社内ヘッドハンティング組織があり、全社員の声を聞いて異動させる権限を持つという。「GEPPO(ゲッポウ)」というパルスサーベイで「今のコンディションはどうか」「ミッションステートメントに書かれていることが実践できているか」「チャレンジできているか」など3つの設問に全社員に答えてもらう。キャリアエージェントはそれらをもとに、気になった社員と話す。社員の異動や担当業務の希望を聞いたり、逆に会社側の人材ニーズに合致した社員を探したりして、適所適材で活かしていく。

 個人の学び直しに合わせて、企業側がそれを活かす仕事を提供できなければ、人的資本は豊かにならない。社員に変わることを求める前に、まず会社の仕組みを変えなくてはいけないのではないか。

日経BP「Human Capital Project」がスタート

日経BPは全社横断による「Human Capital Project」を立ち上げました。その第一弾として6月22日~24日に人的資本をテーマにしたウェビナー「日経ビジネスLIVE 人と組織がともに成長するイノベーティブな社会のために」を開催。「経営」「組織」「人財」の3つのテーマで著名CHROや有識者による講演やパネルディスカッションをお届けします。

「組織」のパネルディスカッションでは、日揮ホールディングス専務執行役員 CHRO・CDOの花田琢也氏を座長に、サイバーエージェント常務執行役員 CHOの曽山哲人氏、リコーコーポレート上席執行役員 CHROの瀬戸まゆ子氏、学習院大学経済学部経営学科教授の守島基博氏が参加。「社員の戦力化」を実現するための仕組みつくりと取り組み方を議論します。