“自分は健康だ”と思い込んでいる日々の暮らしの中、突然に深刻な病気を告知され、これまでの通りの生活は送れないと一人で抱え込み、誰かに相談することもなく仕事を辞めてしまう――こうした事例に企業が頭を悩ませている。企業にとっては育てた大切な人材が失われるという一面に加え、本人にとっても離職は大きな損失となる。たとえうまく治療できて体調を維持・回復できたとしても、離職により経済的な基盤を失えばその後の生活が立ち行かなくなる。

 こうした状況を打破しようと、ここ数年、治療と仕事の両立を支援する動きが活発化している。国の立場から促進しようと活動するのが、厚生労働省 労働基準局安全衛生部労働衛生課の「治療と仕事の両立支援室」だ。これまでも企業と医療機関の連携や関連する人材育成、認知度向上などに取り組んできた。最近では、より効果的な仕組みづくりに力を入れている。同課長の髙倉俊二氏に話を聞いた。

(聞き手は宇野 麻由子=日経BP 総合研究所)
「Beyond Health」2021年12月15日掲載記事を転載

「治療と仕事の両立」がクローズアップされる2つの理由

 ここ数年、病気の治療をしながら勤務を続ける「治療と仕事の両立」がクローズアップされている。その主な要因は二つある。一つは、医療の進歩などにより、治療しながらも働くことが可能となっている点だ。がんや脳卒中では早期発見や新たな治療方法により、死亡率が下がったり余命が伸びたりしている。

 その結果、がんの通院治療や脳卒中への身体的配慮、糖尿病に対する投薬・食事のタイミング調整など、調整ができれば仕事を続けることが可能となっているのだ。実際、「平成31年国民生活基礎調査」に基づく推計によれば、仕事を持ちながらがん治療のために通院している人は約45万人とされている。

がんに関する入院患者・外来患者数の推移。がん治療では通院しながら治療を受ける外来患者数が増加している。治療の副作用や症状などをコントロールしつつ、通院治療を受けながら仕事を続ける場合も増えているとする(出典:厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」)
がんに関する入院患者・外来患者数の推移。がん治療では通院しながら治療を受ける外来患者数が増加している。治療の副作用や症状などをコントロールしつつ、通院治療を受けながら仕事を続ける場合も増えているとする(出典:厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」)
[画像のクリックで拡大表示]

 もう一つの要因は、労働人口の高齢化だ。少子高齢化の影響による労働人口の低下によって、定年の延長や継続雇用制度の実施などにより、働く高齢者が増えている。高齢になるほど、高血圧や糖尿病などの病気にかかる人の割合は高まり、治療・服薬している割合も高まるため、結果的に病気の治療をしながら勤務する人が増加することになる。

 厚生労働省の「定期健康診断結果調査」によれば、脳・心臓疾患につながるリスクのある血圧や血中脂質などを含む有所見率は50%を超え、年々増加しているという。一方でここ20年以上、日本の労働力人口は減少しており、企業側では従業員に病気があっても仕事を続けられる場合は続けてほしいとの考え方が広がっている。それでも病気を原因とした離職は少なくなく、「治療と仕事の両立」に企業も頭を悩ませる。

 そもそも、企業には労働者の安全と健康を確保する義務がある。年に1回行われる定期健康診断もその一例だ。「定期健康診断は以前から義務化されていてほぼ全ての企業が遵守しているが、健診で所見があった場合にちゃんと医療機関を受診して治療などを開始・継続できているのかと言えば疑問が残る。従業員の側が『受診して調べることで、自分に病気があるということを会社が把握してしまったら、自分は職場でどうなるのか』と不安に思い、受診を控えてしまうケースもあると考えられる」(髙倉氏)

 病気に伴う離職についても、同様の心理状態が生じているのではないかと髙倉氏は危惧する。「職場でフルに働けることを前提に会社の中で自分の価値やステータスを上げることを最優先の目標として仕事に向き合っている方も多い。そうした状況では、自分が病気を持って治療するということは、会社からの自分の評価を下げることにつながるかもしれない──との懸念が強いのではないか。病気を告知されると『バリバリ働いてどんどん昇進していくのはもう無理だ』と動揺してしまい、ゼロかイチかの判断をしてしまう。こうした事態を防ぐには、職場には治療しながら働いている人がいるんだ、病気になってもちゃんと仕事を続けられるんだという認識を普段から広めておく必要がある」(髙倉氏)

 心疾患や肝炎など様々な病気で長期に渡る治療が必要とされており、いわゆる“難病”とされている病気も、若い時期から長く治療を続けるケースが多い。それらの病気が「治療と仕事の両立」の対象となる。こうした病気では調整や配慮があれば、治療と仕事の両立は不可能ではない。例えば、服薬や通院のタイミングについて配慮したり、定期的な治療による副作用をあらかじめ把握しておき、予想される体調に合わせた業務内容やスケジュールを立てたり、といった具合だ。

 ただし、「企業にとって、今はプライバシーなど様々な配慮が必要であるうえに病気のことは良く分からない。治療を受ける労働者自身も病気や治療についてよく分かっているわけではなく、また会社に知られたらどうなるのかといった懸念や不安がある。必要と分かっていても、どうすればいいのか、どうやったらうまくいくのかは誰もはっきりと分かっていない。そこの部分のギャップをどう埋めていくべきか、我々としてもいろいろと悩みながら進めている」(髙倉氏)