需要増によるインフレは業績が改善して給与が上がるが、コスト高騰が原因のインフレは人件費の増加がさらなる業績悪化につながる。負のサイクルを防ぐには、労使ともに我慢してしのぐことが有効。それに貢献しているのが日本型の労働組合だ。

(写真:123RF)
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 日本の賃金が安い原因を探るこのシリーズは、トータルで8回の短期集中連載となる。序盤では、その理由を「金融政策=アベノミクス」によるものと書き、ただし、これは功罪相反するものだとした。中盤では日本が人口減少の中で、縁辺労働者(主婦・高齢者・学生)へと労働ウイングを伸ばし、結果、非正規・短時間労働者が増加したことにより、平均給が下がったことを指摘した。同時に縁辺労働者中心の非正規は、待遇改善志向が弱いことも加えている。ここまでで3つの要因が明らかになった。

 

 終盤ではもう一つ大きな問題を上げる。それが「労働組合」だ。日本のそれは、欧米と比べてユニークな形態をしている。そのことが「賃金上昇の価格転嫁」を難しくしているのだ。労働分野の研究者の間では常識化しているこの話が、一般社会にはうまく伝わらない。世界と極端に異なる組合形態について日本人はそれを「当たり前」と考え、違いについて理解しきれていないことが大きいだろう。

 そこで、まずは違いの明確化を、続いて、欧米並みに賃金上昇サイクルを作るために、どのように組合が進化していくべきか、を考える。

需要増によるインフレは業績が改善して給与が上がる

 連載第3回で、社会にとっては緩やかなインフレが望ましいという話を書いた。少し復習をしておこう。

 まず、企業の財務状態を見ると、デフレが起きた場合、手持ちの資産は評価替えによって縮小する。一方、負債の方は、借り換えなどにより利子が下がることはあるが、元本自体は小さくならない。そこで、資産と負債のバランスが崩れ、経営状況が悪化する。これがデフレはよくない一つ目の理由。

 二つ目は、デフレ下だと給料や年金などの調整が行いにくいこと。デフレ下で調整すれば、これらを「下げ」ねばならない。インフレなら「現状維持」もしくは、「上げるのを少額にとどめる」ことで、実質、減額となる。その他にも、「値上がりするなら早めに買っておこう」という消費喚起効果など、いくつかのメリットが挙げられる。これらが、緩やかなインフレは良いといわれるゆえんだ。

 ところが、実はインフレには良性のものと、悪性のものがある。度を越えた急速なインフレはもちろん悪性だが、それ以外にも、そこそこのインフレでも悪性のものはある。まずはこの説明をすることにしよう。

 インフレの原因には、「欲しいという人(需要)」が多すぎて起こるディマンド・プル型と、原材料や経費が値上がりすることで起こるコスト・プッシュ型のものがある。

 ディマンド・プル型の場合、モノの価格を値上げすることによって、欲しい人が減り、供給量と釣り合う。こうして、価格による需給調整が起きる。この場合だと、原価自体は変わっていないのに、価格が上昇するので、売り手にとって利益が増える。利益が増えれば、賃金などの経費を奮発しても痛くはない。結果、社会に回るお金は増えていく。そうすれば、懐が温かくなった労働者は、また「欲しい」という熱を高める。その結果、またまた値上げが起きる。こうして企業も労働者も取引先も儲かる、良いサイクルが出来上がる。これがディマンド・プル型のインフレだ。

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コスト・プッシュ型のインフレは労使ともに我慢してしのぐ

 一方コスト・プッシュ型として、ウクライナ戦争で原油が値上がりしたり、天候不良で小麦が値上がりしたりしたことで、原材料費が高騰し、それを価格転嫁した場合を考えてみよう。

 結果、モノの値段が上がる。ただし、売り手側の企業は、そもそも原価が高騰しているので、値上げしたとしても、利益は増えない。こうした状態であったとしても、労働者とすれば、日々の生活物資が値上がりしていくので、賃上げを要望するだろう。企業が受け入れると、儲けが増えていないのに、人件費が高騰することになる。これは困るから、賃上げ分をさらに価格転嫁して値上げが起きる。これでまたまた労働者は生活に困るから賃上げを要望する。こうしたイタチごっこは、企業・労働者どちらにも全くプラスはない。これが悪性のインフレとなる。

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  今、世界で起きているインフレは、コロナ禍により外出や消費が減り、その結果、貯蓄が大きくなったことが引き金で、それを使い果たすために起きたディマンド・プル型が先行した。加えて、各国(とりわけアメリカ)が、積極財政でインフラ投資などのバラマキを行ったために、ディマンド・プルが膨らんでいた。これが「適度」の範囲を超えてしまったがゆえに悪性化しつつあった。

 そこに、ウクライナ戦争、中国のゼロコロナ政策などが重なり、今度は資源価格が急上昇し、原価アップによるコスト・プッシュが起きた。それで手が付けられなくなってしまったのだ。

 ここまでを見てくると、ディマンド・プル型でなおかつ、適度なインフレの場合、同時に賃金も上昇させ、さらにまた価格転嫁するというサイクルは悪くない。一方、コスト・プッシュ型の時は、なるべく労使ともに我慢をし、賃金も値上げも控える方が、負のサイクルに陥る可能性は少ない。このインフレに対する異なる処方箋が理解いただけたと思う。