「キャリアを意識させるような活動は控えてほしい。優秀な社員が異動や転職を考えてしまう」

 人事部が音頭をとり、キャリアプランを自分で考える研修を始めたところ、事業部門からこうしたクレームが入った、という話を聞いた。デジタル機器を使ってリモートワークをする。社外にいる社員の様子を確認するためにITを使う。これだけではDXではないと前回の記事で書いた。業務をトランスフォームするにはトップが指示してもよいが、社員が自分の仕事とキャリアを熟考し、自ら見直してもよい。部下が自分に貢献するかどうかばかり見ていると部下の成長や組織全体の改革はないがしろになる。これも視座の問題である。

 DXの目的がトランスフォーメーションにあるなら、物事を変えられる視座を持つようにしなければならない。どうすればよいか。

視座を高める対策を

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 この図はビジネスコンサルティングを手掛けるインターブリッジグループ(ibg)がまとめたもので、日本が対処すべき問題4点への対策を示している。4点の問題については前回記事「新型コロナでリモートワーク」はDXでも何でもない」で紹介した。

 これらの対策はDXのために「どのような情報がいつ必要か、どのような形で誰から得るのか、自分はどのような情報を出さなければならないか、を考えること」に使えるし、実際のトランスフォーメーションを進めるためにも役立つ。

 4点の対策は視座を高めること、と言い換えられる。図の縦軸には「他者(客観/全体)との関係性の深さ」をとってある。顧客や協力先、同僚といった他者と関係を深めていくには自分中心ではない視座が求められる。横軸は「自己(主観)確立の深さ」を示している。自分中心では困るが自分の立場が曖昧で他者の指示を待つ姿勢でも困る。

 両方を深めていくために「全体を見渡し、自分の位置付けを考える」ことと、「自分の言葉で伝え、関係を築く」ことを繰り返す。DXを例にとると、自社や自部門がどのような価値の提供を目指してどうトランスフォームするのかを考え、それを他者に伝えてみる。

 前半で紹介した、DXができない人たちを例に考えてみよう。情報システム部門が「こういう効果があるから新しいシステムを入れたい」と言ってみたものの、業務部門から「うちの部門はそんな効果を求めていない」と言い返されるかもしれない。ある業務部門が「こうしたい」と言ったことに別の業務部門が「そんなことをされたらこうなるから困る」と言う場合もあるだろう。

 機械やエレクトロニクスのエンジニアは「全体を見渡し、自分の位置付けを考える」ことで自分がつくる機械や電気製品に顧客が何を求められているか考え、その要求を機械や電気回路の改良だけで満たせるのかどうかを検討してみる。ソフトウエアの技術者は「自分の言葉で」ソフトウエアができることを「伝え」、対等な「関係を築く」ようにする。

 人事部門は経営者の意向を確認しつつ、世の中と自社内の「全体を見渡し」、自社の社員の今後の「位置付けを考える」。仕事においても自身の将来についても主体性を持って考え、動く社員になってほしい、という結論に達したら、「自分の言葉で」経営者や管理職に「伝え、関係を築く」。

 「聞く耳を持たない相手に何を言っても無駄」に思えるかもしれないがそれでは話が終わってしまう。ある程度の時間を使ってでも実施しないと前に進めない。主観を相手に伝え、他人の主観(自分には客観)を聞き、主観を調整する。同じことを相手もする。当初の視座が共に低かったとしても繰り返すことで徐々に視座が高まり、高いほうに揃っていく。

 こうした活動の前提として「視野を広げ、学ぶ」ことが求められる。かつてとは異なり、問題意識さえあれば必要な情報を自分で入手できる時代になった。インターネットを介して様々な報道機関の記事を見比べる。記者会見や学会発表など一次情報源に直接あたる。こうした複数の情報を集め、比較し、主観に基づいて「この件はこういうことだ」と判断できるし、そうする人が出てきている。

 ただし主観だけに頼っていると、いわゆるフェイクニュースを信じ込んだり、誤った判断を下したりしかねない。得た情報や自分なりの判断を「自分の言葉で表現し他人と共有する」ことが歯止めになる。