羅針盤となる文書はあるか

 ビジョンがあってもそれに向かって実行できなければ強い組織とは言えない。実行にあたっては羅針盤となる文書を用意する。実行計画書でもプロジェクトチャーターでもビジネスケースでも呼び名は何でもよい。「プロジェクトに関する全社の契約書」が不可欠だとibgの好川一(まこと)代表は指摘する。

 その文書にはプロジェクトが目指すもの(将来構想、目的)、投資対効果、担当者の役割と責任、成功させるために必要なこと、実施期間、前提や制約条件、プロジェクトの終了基準といったことを明記する。投資対効果は定性的な記述に加え、定量的な効果を分析して書く。「どんなプロジェクトであっても将来構想と現状、将来に向かうための課題が数字と共に関係者の頭に入っていないと舵取りできない」(好川氏)。

 将来構想の実現には社内の複数部門が絡み、損得が発生する。利害がぶつかるから、羅針盤となる文書を関係部門が読み、納得できるまで話し合う必要がある。調整のために部門を率いる各役員が参加する場(コミッティ)を設けることもある。ここでいう将来構想とはプロジェクトにおけるビジョンであり、全社のビジョンに包含される。つまり個々のプロジェクトにおいてもビジョンを文書に書くことが求められる。

 実際にはA4用紙1、2枚のシンプルな文書でかまわないのだが日本においてこうした文書をつくり、関係者の合意をとりつけることはあまりなされない。作らない理由、あるいは作っても形だけで誰も羅針盤とは見なさない理由を好川氏は次のように説明する。

 「世界や社会というより曖昧かつ狭い世間への忖度で行動する、それがプロジェクトにも持ち込まれ、羅針盤になる文書がないまま、あっても無視したまま、関係者の人間関係の中で迷走していく。どうなったらプロジェクトを終えるかということすら決めていない場合も多々ある。なんとなく終わりになるが成功したのか失敗したのか不明のまま。役割と責任は不明確だから誰も責任を取らないし、今後に生かせる教訓も得られない」

人事部門ができること

 「顧客に対してどのような価値を提供したいのかという使命やこうありたいというビジョンが明確」でプロジェクトを断行していく組織にするために人事部門ができることは何だろうか。ibgの大西氏は人事部門の役割を次のように期待する。

 人や組織に焦点をあててビジョンをどう実現するかを考える。各部門や社員一人ひとりがビジョンをどのように捉え、理解し、自分としてどうしようとしているのかを知り、後押しする。

 すでにビジョンがあるなら、例えば小グループに分かれて定期的に読み合わせをする場を人事部門が用意する。ビジョンの浸透状況が分かり、一人一人が自分の立場を踏まえて言葉にして考える機会になり、ビジョンが自分事になっていく。まずうまくいきそうな事業や部門を選んで始め、その後、全社に展開するとよいだろう。

 「ビジョンに対する自分なりの理解を語ったり、自分や自分の部門は何をするべきかを提案したり、自由闊達なディスカッションをしている企業がある」(大西氏)。そもそもビジョンが曖昧なら前回述べた「仮説」を自らつくり、言語化してみる(関連記事:10年後に活躍する人を見つけて育てる方法)。

 「仮説とは経営理念やビジョン、さらに世界の変化を踏まえた、『我々のビジネスはこうなっていくからこういう人の集まりになろう』といったストーリーである。人事担当者も自分自身の仮説を持って取り組むことが重要だ。(中略)経営陣、現場、自分の考えをぶつけあうことで仮説をよりよいものにしていける」

 実行面については「羅針盤となる文書」を書くトレーニングを実施してもよい。プロジェクトに限らず、日々の業務においても「私はこうしたい」という文書を書き、関係者の協力を取り付ける必要が本来ある。