この経営者とインターネット電話を使ってやりとりしていたこともあってテレワークの話になった。

 「社員の姿が見えないときちんと働いているかどうか分からない、だから自宅で使うPCの利用状況を本社の管理部門からモニタリングするツールを用意する、という記事を読んだ。これにも社員は従うのだろうか。過干渉というか過保護というか。仕事のやり方や時間配分は個々の社員に任せて成果だけ確認する、とならないものか」

 時間管理から成果管理へ移行した方がよい仕事はあるが、過保護と断定されると言い返したくなる。

 「家族主義経営には良い点もたくさんある。度を超すと過保護になるかもしれないが」と伝えたところ火に油を注いでしまった。

 「家族主義すなわちパターナリズム(paternalism)こそ日本が抱える最大の問題。個人個人が自立しつつ組織や公共と関係を築いて相応の責任を果たす、という基本からしてできていない」

 “paternalism”についても調べると家父長のような態度を指すと書いてあった。権威を持つ側が個人に配慮しつつも結果として個人の自由や責任を制限あるいは曖昧にしてしまう。これまた良い意味ではない。

 「日本を見渡すとパターナリズムの問題だらけ。経営者と社員、医者と患者、教師と生徒、政府や官僚と国民。もっと大きく見れば米国と日本、世界と日本の関係もそう。自分というものが曖昧で何も決められず責任も取らない。何かあると経営者や政府あるいは米国を批判するが実は寄りかかっている」

 終身雇用や年功序列の仕組みはパターナリズムの一例として挙げられる。とはいえ社員を家族の一員とみなして面倒を見る経営が間違いとは言えないのではないか。ただしこの経営者ははっきりしている。

 「日本の家族主義経営がもてはやされた時期があったが大昔のこと、是非の議論は終わっている。個人個人が考え、意見を述べ合って議論し、いったん合意した後は従う。こうした近代の流儀を身に付けないとプロフェッショナル集団はつくれない。世界で仕事をしようとしても人材を集められない」

 日本の経営者は新入社員に「出る杭になってほしい」と話すようになった。人事部に「とにかく従順な人を採用せよ」と命じる経営者はいない。それなら仕事をきちんと定義し、それを担える人を選んで雇う、いわゆるジョブ型雇用に移行するのかというと簡単ではない。

自分と組織の関係を見直す時期

 反発を感じつつも、この経営者の指摘を認めざるを得ないがサブミッシブとパターナリズムの問題はあまりに大きく重い。ここは日本であり欧米のやり方をそのまま持ち込んでもうまくいかない。そもそも文化のようなものを急に変えられない。

 前出の経営者は批判一辺倒ではなく日本の若手に期待すると語った。

 「パターナリズムやサブミッシブに我慢できない、変えたいという若手はいるはず。それを口に出してみる。本音を共有できれば連帯感が生まれる。権威による力関係や支配と被支配の関係から変わっていく。反抗する若手から日本なりの価値観が生まれ、連帯感がさらに強くなり変わっていけるはず。欧米がうまくいっているわけではなく各国はポスト近代における個人と個人、個人と公の関係を模索している」