仕事とは言葉を操り、生み出すこと

 結論としては次のようになる。理想が遠すぎるとしてもなんとかそれに近づこうとする「意欲や實行」と「才能」を重んじ、「言葉をもてあそぶ」ことを避ける。

 ところがまだ厄介な問題が残っている。60年前のテレビ・ラジオといった「新しい企業(中略)は言葉にかかはる」と福田氏は指摘し、次のように書いた。

 「言葉を操るのもまた才能である。しかも、それは機械工業や製靴や製本と同じく、南蠻渡来のものなのである。同じくではない、私たち日本人にとつては、それらと較べものにならぬくらゐ異質の才能に屬する。したがつて、西洋の文化、文明を同化するといふ大事業のうち、言葉を操る仕事がもっとも遲れてゐる」

 言葉を学び、あるいは生み出し、それらを組み合わせて物事を考え、状況に応じて適切な言葉を使い分ける。こうした「言葉を操る仕事」は日本語を使っていても「南蠻渡来のもの」であり日本では「もっとも遲れてゐる」。

 例えば複数の事業部門の人を集め、「自社の顧客」を定義してもらう。「在庫」でもよい。それぞれが考える「顧客」「在庫」を紙に書いて突き合せれば、日本人同士、日本語で話していても、意思疎通ができていないことが分かる。

 新しい産業にせよ、昔からある産業にせよ、人間の仕事は言葉を操り、言葉をつくることであり、それこそが求められる、開発すべき才能である。

 なお、ここまで紹介してきた福田氏の指摘をIT(情報技術)産業にあてはめて考えた結果を『日本のIT産業はなぜ技術者の「才能」を殺すのか』と題した一文にまとめ、日経 xTechに4月25日、公開した。引用文は本稿においてもほぼ一緒だが説明文は新たに書いた。

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「人と仕事の未来 2019-2028」