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 新型ウイルスの影響により働き方の「ジョブ型」への移行が早まる、という指摘があるが仕組みを直輸入しても失敗に終わるだろう。

 職務(ジョブ)の内容と権限・責任、求められる力を明確に決め、それに合う人を組織内外から探して配置する。やるべき職務がはっきりしているからリモートワークにもなじむ。なるほどと思うが、ジョブ型には大前提があり、それを度外視して制度を取り入れてもうまくいかない。

 大前提とは論理の重視、職務の文書化、個人の自律・自立である。理詰めで組織と職務を設計し、文書にまとめる。個人は“設計書”を読み、自分に合うかどうかを判断してその職務に応募する。だが、日本では理屈っぽい人は敬遠されがちで、職務記述書(ジョブディスクリプション)は形だけになることが多く、いわゆる個人主義が根づいたとは言えない。

日本企業は前近代的

 5月27日にニューズウィーク日本版(オンライン)に掲載された記事『時代遅れの日本の「カイシャ」は、新型コロナで生まれ変われるか』の中で経済評論家の加谷珪一氏は次のように書いた。

 「日本の企業社会には依然として前近代的な要素が残っており、社会学でいうところのゲマインシャフト(共同体組織)に近い。(中略)反対の概念であるゲゼルシャフトとは明確な目的を持って合理的、人為的につくられた組織を指す。この場合、組織は所与のものではなく、契約とルールに従って各自が役割を果たし、見合った報酬を得るのが基本だ。(中略)遠隔でも業務をスムーズに進めるには、情緒に依存したゲマインシャフト的なマネジメントから、ルールと文書を基本としたゲゼルシャフト的なマネジメントに移行せざるを得ない」

 また、5月25日付日本経済新聞の経済教室欄に載った『企業越えた人材評価基準を』の中で慶応義塾大学教授の小熊英二氏は「ジョブ型」に触れつつ、「日本型雇用の根本問題」として「人材に対する客観的な評価基準がないこと」を挙げた。企業を越えた基準がないため労働市場が発達せず「社内育成、新卒採用、長期雇用、社内人事異動に傾く」。社内で人材を使い回すことになり「職務の明確化など空文化してしまう」

 同じ記事の中で小熊氏は評価基準をつくっていく第一歩として「『当社はこのポストに、こんな学位や経験や実績がある人材がほしい』と明確化し、社内と社外に公募する」ことを勧めた。

 日本経済の停滞が続いており従来の日本型経営ではダメだと言われると反論しにくい。とはいえ内心では、「ジョブ型」で「ルールと文書を基本としたゲゼルシャフト的なマネジメント」をしている米国企業は本当に先を進んでいるのか、と思ったりする。