英語圏、とりわけ欧米ではどうなっているのだろう。WebsterでCareerを引いてみると次の二つが最初に出てきた。

●a profession for which one trains and which is undertaken as a permanent calling

●a field for or pursuit of consecutive progressive achievement especially in public, professional, or business life

 どうも「見えるキャリア」の定義に読めてしまう。キャリアの原義は「競争路」であり、そこから「疾走」「生涯の経歴」という意味を持つようになった。キャリアを出世街道まっしぐらと訳してもおかしくはない。

 もっとも上記に出てくるprofessionやcallingはいずれも宗教の言葉でもある。出世のために全力疾走してもそれは神のお導きであり、神が見ているから自分を律していけるし、自問自答を繰り返すことになる。

 欧米のような宗教は日本にない、だからキャリア形成と言われても真剣に受け止められない。どうもこれが結論になりそうだが困ってしまう。『「キャリア形成」が日本人になじまない理由』を認識しつつ、それでも見えないキャリアを自問自答する努力を一人ひとりがするしかないのだろうか。

 やはり信仰を持たずに自分一人だけに閉じて突き詰める行為をするのは、なんだかつらい気がする。日本には日本のやり方があるだろう。共に生きていく、あるいは働いていく誰かと、見えないキャリアについて共有していくやり方はないのだろうか。結局、レベルセッティングの話に戻ってしまった。

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「人と仕事の未来 2019-2028」